角川賞応募作品(予選通過)
松の脂 近 恵
絵具箱からあふれ出て夏はじめ
つぎつぎと紐をほどいている立夏
モーターの音が近付く夏の霧
蛇の衣ならば平気で振りまわす
くっきりと肉体の溝夕立来る
草笛よ泣きたくて足りない涙
袋から出せば金魚は小さくて
青嵐表面積が増えている
発条ひとつ飛び出している夏の雨
夏の星空瓶につまずいている
土壁の藁の飛び出て梅雨の明
白シャツに袖を通してひとりきり
プールへと下りて雨から水になる
風死んでぎらぎらと来る路線バス
七夕の言葉をちりばめた天井
梨ひとつ置くカーテンの外に闇
リズム良く畳む洋服涼新た
八月の真顔のような壁の染み
盆棚の部屋馬乗りにされている
小鳥来るすぐにやぶれるセロハン紙
コンセント抜いて満月光らせる
しっとりと褪せてとうもろこしの鬚
青空を少しずらして雁が来る
寂しくて焦げ付いている新秋刀魚
露の世の角にぶつかってばかりいる
楽隊を大きく逸れて冬の川
シーソーの片側に冬晴の町
靴の泥そのままにして熊手買う
冬の水から包丁を引き抜いて
一章を読んで本屋に着膨れる
天井にポスターのある玉子酒
数え日のはみ出しているシャツの裾
かまくらの中で家族のようにいる
枯木星今日が昨日になるところ
雪催こっそり撫でる松の脂
音の無い手紙が満ちている真冬
氷柱から空の破片が落ちてくる
雪の声透明になっている躰
靴べらはへらりと抜けて春の風
手回しオルガン草の芽に日が当たる
がぽがぽと市場から人来て春昼
一本の田打桜の浮きあがる
雨音の始まっている春の夢
菜の花の中に隠れていて見えず
かげろうのまま自転車が近くなる
弟にしたい男と八重桜
背中から他人になって汐干狩
明日なら逃水を汲めるだろうか
床の間の空の花瓶よ夏隣
紙風船三百六十度晴れて
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2012-12-23
ひとり落選展×4テキスト 近恵 松の脂
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