2013-03-03

林田紀音夫全句集拾読 255 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
255

野口 裕





コスモスの影伴ってたちのぼる

昭和六十二年、未発表句。森田智子の句集『定景』に、「コスモスは紀音夫の宇宙風微か」という句がある。花曜で句座を共にしたときの印象からの発想だろう。紀音夫にコスモスの句が多いというわけでもない。しかし、この句などを読むとたしかに響き合うものがある。

 

行く秋の豆腐の沈む店の光

昭和六十二年、未発表句。水槽に豆腐を沈める昔ながらの店先を詠んだ、珍しい素材。吟行句か。


風の音かと蜜柑むく手をとめる

昭和六十二年、未発表句。幻聴か物音か。手をとめてはたして確認できたのだろうか。七五五の変則リズムが、ちょっとした驚きを伝える。

 

香煙の逃げてさざめく枇杷の花

昭和六十二年、未発表句。線香の煙が、二筋三筋と分かれつつ薄れてゆくところを「さざめく」と見た句。枇杷の花との取り合わせも良いが、こんな普通の鑑賞文が書けてしまうのが少々物さびしい。平成元年「花曜」に、「線香のけむりの中の晩年か」。

 

渚まで降りて薄目の凧の糸

昭和六十三年、未発表句。はっきりと見えているわけではないが、光線の加減で時おり光る筋が波打ち際にある。砂浜から揚げている凧の糸が弛んで降りているようだ。「薄目の糸」が言い得て妙。しかし、そこに込めた思いを読み取るには描写が淡く、未発表にとどめたか。

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