2013-07-28

林田紀音夫全句集拾読 276 野口裕


林田紀音夫
全句集拾読
276

野口 裕







龍胆の壁の影夜が早く来て

平成三年、未発表句。薄暗くなってきた室内に照明を入れると花の影がくっきりと表れた、というところか。取り上げることの少ない季語だけに、たまたま家に飾られた(あるいは見かけた)花に一興を誘われたのだろうと、想像できる。夜に深い意味はなさそうだ。

 

近隣の蝉日中は声を消す

平成三年、未発表句。ウィキペディア「セミ」の項に、「真昼の暑い時間帯に鳴くセミは少なく、比較的涼しい朝夕の方が多くの種類の鳴き声が聞かれる。」とあるように、朝たけなわの頃にうるさかったものが、真昼にはぴたりと止んでいるというのはよく経験する。よく経験するが、句にしたものをあまり見たことはない。古俳句にあるのかもという気もするが、珍しいのかも知れない。「近隣の」が、ご近所の噂話とは異なる様相を示して意味深。

 

逆光の侏儒となり芒野を駈ける

平成三年、未発表句。侏儒は、芒野からの照り返しをまともに受けた作者の視野に生じた幻覚だろうが、願望としての自画像でもある。「駆ける」ではなく、「駈ける」としたところは野の起伏を感じさせて句に広がりを与える。しかし、中八音かつ句跨がりが効果を上げているとは言いにくい。一読忘れがたい景を提示してくれるのだが。

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