2013-11-17

【週俳10月の俳句を読む】俳句は「受領書」

【週俳10月の俳句を読む】
俳句は「受領書」

西原天気


村越敦 秋の象

この秋、上野動物園をかなりひつこく歩き回った。吟行だったので、同行した友人たちの反応も見ていたが、ハシビロコウ人気は絶大だった。

ハシビロコウ微動ぞそれを金風と  村越敦

ともかく動かない。剝製か? と思うくらい動かない。面妖な面立ちも人気の理由だろうが、その動かなさには、立ち止まってしばらく見入るしかない。

金風は秋風のことで、貴金属の金との関連は薄いが、ハシビロコウの微動を「金」の価値アリとする気持ちはよくわかる。


生駒大祐 あかるき

トーンのよく揃った10句。ムードの良い雰囲気の句がいくつもあるなか、それでも(それだから)、

今訪はば京に誰彼(だれかれ)烏瓜  生駒大祐

といった10句の中ではやや異質な句に目がとまる。この世界にこの作者しか存在しないかのような淡さ、静かさのなかで、この句だけが「人」の存在の悦ばしさを伝えるからだろうか。


山口優夢 戸をたたく

奥様のご懐妊、誠におめでとうございます。

…とだけ書いて終わろうかと思ったが、そういう冗談が伝わらない読者もいらっしゃるだろうから、一句。

コスモスの中を進みて妊婦は船  山口優夢

これは、いいなあ。

書くことと書き手のあいだに距離があるのがいい。他の句は、この作者以外でも「妊婦の夫」なら誰が書いてもいい、という感じもする。作者が、自分のほ うから感情・抒情の「鋳型」に嵌り込んでいる。よく出来ている証拠(一般ウケする)かもしれないが、通俗とギリギリ(それは人気作家、大作家の条件でもあるのだが)。


上田信治 SD

タクシーを降りれば雪の田無かな  上田信治

田無の市名はもはやない。2001年(平成13年)1月21日に保谷市と合併し西東京市となった。

田無以外から田無までタクシーを使うと、少なくとも数千円はかかる。そんな無粋なことを思う貧乏性の私にも、雪は降ってくれる。上等のオーバーコートにも素寒貧の肩にも、雪は平等に落ちてくる。雪は賜り物だ。

日々私たちが賜るものに特別なものはあまりない。なんでもないもの、なんでもないこと。「受け取りましたよ」という受領書。それが俳句ということだ。


高橋修宏 金環蝕

なめくじり夢殿ひとつ産みおとし  高橋修宏

巨大なナメクジと夢殿(≫画像検索)を頭に思い浮かべることしか、私たちにはできず、同時に、それ以外のことをする必要がない。俳句はしばしば、他の何よりもコンパクトで素早い、すなわち効率的な「幻視の仕掛け」「夢見の機械」となる。そのあいだ、世界全体がナメクジ色に染まる。

日常は、いかにも日常的な事柄ばかりで成り立つのではない。日常と非日常、というより、日常は「日常らしくないもの」も含めて日常だと思う。おかしな言い方になったが、実感として、そう。



第337号 2013年10月6日
高橋修宏 金環蝕 10句 ≫読む
第338号 2013年10月13日
西原天気 灰から灰へ 10句 ≫読む
上田信治 SD 8句 ≫読む
第339号 2013年10月20日
山口優夢 戸をたたく 10句 ≫読む
生駒大祐 あかるき 10句 ≫読む
村越 敦 秋の象 10句 ≫読む
第340号 2013年10月27日
鈴木牛後 露に置く 10句 ≫読む
荒川倉庫 豚の秋 10句 ≫読む
髙勢祥子 秋 声 10句 ≫読む



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