2014-04-13

【週俳3月の俳句を読む】心臓のかたち 岡田由季

【週俳3月の俳句を読む】
心臓のかたち

岡田由季


魚の氷にファスナー喉ぼとけ咬みかけ   白井健介

魚氷に上る、という季語がメジャーとは言えないので、俳句を読みなれていない人だと、どこで切ってどう読んでいいのか少し戸惑ってしまうかもしれない。いくらか知っていれば、季語プラス日常の一シーンの切り取り、という、どちらかといえばシンプルな構成の句だということがわかる。魚氷に上るの立春末候と、喉のあたりに金具が触れるようなヒヤッとした感覚の組み合わせは、決して奇を衒ったものでは無いし、共感しやすい。にもかかわらず読後にはどこか不思議な感じが残るのである。魚氷に上るという季語自体、奇妙なイメージを含んでいるし、それが「魚の氷に」と省略されているのもちょっとした異和感を呼び起こす。またファスナーのという無機質なものに「咬む」という野生的な表現がされていることもそうだし、体の部分のなかで喉ぼとけというのも、独特な存在感のある場所だ。「噛みかけ」いう止め方も少し唐突な感じがする。というわけで、なんだか変な句だなぁ、とひっかかって、通り過ぎてしまうことができないのだ。普通のことを一見普通の手法で書いて、奇妙な手触りを残すことに成功している句だと思う。


心臓にも部屋のありけり籠枕   関根かな

日常の思考の中に、ある記憶がどっと流れ込んでくる瞬間というのがある。それはいろいろなきっかけで起こるが、例えば籠枕に横になり、眠りに落ちようとした際に起こることもあるだろう。その記憶は、思い出すたび心音が高くなってしまうような類のものかもしれない。そんな時に作者は昔教科書で見た心臓のかたちを思うのである。右心房、右心室、左心房、左心室。規則正しく収縮し、部屋から部屋へ血液が送られる。働き続ける心臓の部屋部屋を思うことは、いくぶん気持ちを落ち着かせてくれるものなのではないだろうか。


蓑虫の古巣おしあげ梅ひらく   藤永貴之

花は場所を選べないので、咲きはじめたらそこに障害物があっても咲いてしまうしかない。地面近くの草花ならば元々邪魔者が多いことも想定されるが、樹の花である梅はそんなこともないのに、この一輪は運悪く蓑虫の古巣などというものがあるところに咲いてしまった。強引かつ慎重に、梅は蓑虫の古巣を押し上げつつ開く。自分の場所を確保して咲いてしまった後は、何事もなかったようにくっきりと輝いているのであろう。そういえば桜は少し離れて観たいが、梅は近寄って一輪一輪に着目したくなる花だ。梅の咲く力に押しのけられるのが、蓑虫の古巣という愛嬌と哀しみを含んだ物であることにも味わいがある。


第358号2014年3月2日
白井健介 乾燥剤 10句 ≫読む
山口優夢 春を呼ぶ 50句 ≫読む
第359号2014年3月9日
山崎祐子 海鳥 10句 ≫読む
関根かな 雪兎 10句 ≫読む
風間博明 福島に希望の光を 10句 ≫読む
第360号2014年3月16日
大川ゆかり はるまつり 10句 ≫読む
小澤麻結 春の音 10句 ≫読む
藤永貴之 梅 10句 ≫読む
第361号2014年3月23日
齋藤朝比古 鈍器 10句 ≫読む
第362号2014年3月30日
藤田めぐみ 春のすごろく 10句 ≫読む
堀下 翔 転居届 10句 ≫読む

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