【八田木枯の一句】
荒嚙みの鬼房ならむ青く冱て
角谷昌子
荒嚙みの鬼房ならむ青く冱て 八田木枯
第四句集『天袋』(1998年)より。
犬や猫などが軽く噛むことを「甘噛み」というが、佐藤鬼房の「荒嚙み」は相手の肉を裂き、その歯は骨にまで達しそうだ。万が一噛まれたら、砕いた石の切っ先で刺されたように、そのギザギザの傷痕はなかなか癒えないだろう。その鬼房が内部から冱てついて青く発光している。まるで鉱物のような硬さと鋭さのある物体と化して、内から幽かな光を放っている。よくよく見ると青い光の中心に巨大な眼があり、覗き込む者は激しく射すくめられる。
みちのくに生まれ育った鬼房は〈蝦夷の裔にて木枯をふりかぶる〉と詠み、「蝦夷の裔」を自認していた。また〈アテルイはわが誇なり未草(ひつじぐさ)〉は、大和朝廷という強大な権力に対抗した土地の英雄へのオマージュである。鬼房は蝦夷の血を引く者として既存の価値観への反発、権威への抵抗を作品としていった。
掲句の作者である木枯は、鬼房はじめ三橋敏雄、鈴木六林男ら新興俳句出身の俳人たちとも深い親交があった。会えば浅草や銀座などに繰り出して夜の巷を闊歩していたようだ。
木枯の句集『天袋』には鬼房を詠んだ群作6句〈鹿狩の群れのひとりに鬼房が〉〈鬼房を句敵にして菊を食ぶ〉〈隠り沼や鬼房とゐて秋寒し〉〈鬼房は岩の仲間ぞ霧しまき〉〈凍てし岩にて鬼房を閉ぢこめよ〉がある。掲句は「隠り沼」の句の次に位置する。
まず最初に「鹿狩」の勢子となって荒々しく獲物を追い詰める鬼房が描かれた。次は、おっとりと菊膾などをつまみながら、碁敵ならぬ「句敵」として鬼房に対抗意識を燃やす。人も通わぬ「隠り沼」の水面の翳りを共に眺めながら、しみじみと心身に沁みる「秋寒」を味わう。やがて青光りする鬼房は岩石の身体を持つ巨大な鬼そのものとなり、湧き出す「霧」に巻かれる。おどろおどろしい神話のようだ。さらに、いつ暴れ出すか分からぬ鬼神のごとき鬼房を「凍てし岩」に封じよと言う。あたかも古事記の岩戸開きの逆を突き、田力男に命じているようでもある。木枯は鬼房をテーマにしてみちのくの土着の「蝦夷の裔」の姿から、記紀の世界にまでイメージを膨らませたに違いない。
掲句の「青く冱て」た鬼房は、一個の詩魂と化して冥界から現世に光を放っている。木枯もこの盟友の隣りに座し、酒盃を傾けながら、九泉の水かげろう立つ光でも散らしているのだろう。思えば木枯の本名は光であった。
2014-12-21
【八田木枯の一句】荒嚙みの鬼房ならむ青く冱て 角谷昌子
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 comments:
コメントを投稿