【八田木枯の一句】
夏ばてのさらば東京行進曲
西原天気
夏ばてのさらば東京行進曲 八田木枯
古書でもとめた『天袋』(1998年)には、この句の揮毫があります。ご自分でもお気に入りの句だったのでしょう。
『東京行進曲』は1929年の無声映画(溝口健二監督)、また、その映画の主題歌(作詞西條八十、作曲中山晋平、唄佐藤千夜子)。
1925年三重県に生まれた八田木枯にとって、昭和初期の東京は、遠い憧れの街だったと想像します。憧れと断じるのが軽率すぎるなら、歌詞、「昔恋しい銀座の柳 仇な年増を誰が知ろ ジャズで踊ってリキュルで更けて 明けりゃダンサの涙雨」で知るのみの東京、想像の東京だったにちがいありません。
この句を詠んだとき、作者は四谷住み。ただし、この句にある「東京」は当時の東京でも現実の東京でもなく、映画の中の、あるいは歌に謳われた東京です。
一方、句の意味をたどってもしかたがないような気もします。この句にあるのは、すでに老境にある作者と、幼年期あるいは少年期のあいだに横たわる時間的な隔たりです。「さらば」は、遠い過去に向けた呼びかけでありましょう。
「夏ばて」は、句の末尾にある「行進曲」という晴れやかな語とのあざやかな対比。老境の心持ちをあらわすにもとても効果的です。
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歌を聞いてみましょうか。せっかくですから。
昭和初期ということ、「東京行進曲」というタイトル、またその歌詞から、モボ・モガが闊歩するモダン都市東京を舞台にした明るく活発な映画を想像してしまいそうですが、実際に見ると(↓↓↓)、泥臭いストーリーで、かなり面食らいます。
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