自由律俳句を読む 101
「天坂寝覚」を読む〔1〕
畠 働猫
縁あって、馬場古戸暢より本連載を引き継ぐことになりました。
以後よろしくお願いします。
古戸暢の連載では逝去俳人と現代俳人を交互に取り上げる形式をとり、その100回の連載において、多くの自由律俳人が紹介されました。
私も過去に取り上げていただいた。うれしかったな。
連載引き継ぎについて古戸暢より打診があった際に、自らのわずかな句歴を振り返ってみたものの、とうてい古戸暢のような卓見を示せる材料がなく、さてどうしたものかと決めかねていたところ、職場において悩める若者へ「お前はお前でよかろう」などと自らのたまっていて(青春である)、あれ、これは自分に向けての言葉ではないかなどと思い至った次第です。
では、そのようにさせていただきましょう。
これからの連載では、自分に影響を与えた俳人たちを順に紹介させていただこうと思う。連載の中で自分の見識もいずれ広まることでしょう。
句歴が浅いことは、これから自由律に興味を持たれるような方たちとも感覚が近いという面もあるのではないか。
そうして2、3回続けてみて辛くなったらまた誰かに引き継げばよろしい。
引き継ぐ先は錆助や寝覚辺りでよかろう。
さて、というわけで、自分の句歴において最も初期に影響を受けた「天坂寝覚」を読んでみます。
<略歴>
天坂寝覚(てんさかしんかく、1985-)
随句(自由律俳句)誌『草原』同人。
自由律俳句だけでなく、短歌なども詠み、SNS、ネットプリントなど様々な方法での発表を続けている。
雨を来て来ただけ 天坂寝覚
寝覚句の特徴として「存在の違和」がある。
しかし自他ともに違和を覚えながらも、その存在はけして希薄となることがなく、むしろ濃厚な染みのようにそこに残留する。
「雨を来て来ただけ」
様々な読みができよう。
私はここに魂を分かちがたい二人の姿を読む。
「来ただけ」それで目的は達成されていた。
どれほどの距離を、どれほどの時間を越えてきたのか。すでに言葉はなく、雨の中にぽつりと存在している点と点。雨がどれほど激しく降ろうと、その染みは洗い流されることなく、そこに在り続けるのだろう。
よく燃えそうな家の誰か出てきた 同
句作においても、鑑賞においても、私たちは自分自身の認知の枠組み(スキーマ)をもって、句に向かい合うものだ。どんなに客観や写生を意識したところで、その枠組みをフィルターにする以上は、そこに主観が顔を出すことになる。
自由律俳句においては、その主観がより強く表れるように思う。
さてこの句である。
他人様の家を見て「よく燃えそうな」という主観を持つ者は、「燃やした(燃やされた)」経験を持つ者か。あるいは「燃やしてしまいたい」という欲望を抱いている者だ。不満の矛先は世の中か自分の人生か両方か。
昏い目をして歩く道すがら、ふと見えたあばら家。そこから出てきた人影に、邪悪な欲望は実行されることなく、また意識の底へ沈んでゆく。破滅と救いが一瞬に交錯したのだ。我々の人生などは、このような偶然の積み重ねの上に危うく保たれているに過ぎない。
俺の老後なんか気にして母は老いてる 同
これも「存在の違和」と言えようか。
互いに思い合う幸福な親子関係に見えるかもしれない。
しかし「俺の老後なんか」には、自尊感情の低さを読むことができよう。また、「母」を尊重する感情があまりに高いともとることができる。
「母」という存在に対して、「子」である自分が無条件で愛されるものという確信を持てずにいるのである。
これが「存在の違和」である。
その根幹には、乳幼児期における愛着形成の阻害があるように思うが、こうした親子関係については、多くの共感が得られるものかもしれない。
自分自身もそうであるし、客観的にもずいぶん見てきた景である。
私の影のどこからか蟻が出てくる 同
「休み時間」を一人でいる景である。
学校でもよい。工場勤務の休憩時間でもよい。ともかく一人なのだ。
そしてうつむいている。それゆえの発見である。
自分の影から出てくる黒い蟻は、まるで自分の一部のようではないか。
蟻となって、自分がどんどん出ていってしまう。失われていく。
早く始業のチャイムが鳴らないか。自分がすべて失われてしまう前に。
雨のあと光る道へ出た 同
希望を感じさせる句である。
作者には「雨」を詠んだ句が多い。
しかしこうした希望に満ちた句は珍しいように思う。
雨上がり、日が射して水溜りに乱反射している様子だろう。
憂鬱なトンネルを抜けて、前途が開けたような清々しさがある。
私はここに若者らしい美しさを読む。
本稿を締めくくるにはふさわしい句であろう。
以上。次回も引き続き、「天坂寝覚」を読む〔2〕。
2015-07-12
自由律俳句を読む 101 「天坂寝覚」を読む〔1〕 畠働猫
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