2015-09-13

【週俳8月の俳句を読む】たましい踏めば音がする 上田信治

【週俳8月の俳句を読む】
たましい踏めば音がする

上田信治



さいきん、俳句にとって「新しい」とは何か、ということを考えている。

「新しい」ということは、今の延長にはない。それは過去にあって芽吹かなかった種子が見出されることだったり、「それ」以前のものに先祖返りして、別の進化の可能性を生き直すことであったりする。

俳句に、俳句以前の「原・俳句」のようなものがあるとすれば、それは(三十一音を)半分に切ってまだ生きているプラナリアのような「うた」の生命のことだろう。

踏んでもちぎってもまだ「うた」であることの驚きに立ち返ること。

そのために、俳句は、また自らを壊しながら「新しい」音を出そうとする。そのとき歌えているかどうかが、技術の問題でありたましいの問題でもあることは、言うまでもない。



水からくりからころ水濡れてからころ水 宮﨑玲奈

いくつかの句はあまりにも夏休みの宿題ふうで買えないが、掲句をどう分節して読むか「水からくり/からころ水/濡れてからころ水」と読むのがいいと思うけれど、音感を試されているようでおもしろい。「ヤギの乳あらはにあきらかに夏だ」「たしかな蟬がたしかに死んでゐるそこで」意図された脱臼ぐせ。

澤好摩の「円錐」に参加。66号に特別作品を発表している。「紙皿の上に羊羹奇妙なり」「恋人にヒゲあり冷蔵庫あかるい」「パソコンをつけて金魚はしのぶ恋」「まじうつくし吾の掌の蟻の尻」。


知り合いもなくて夏祭りに二人 柴田麻美子

まさか胎児と二人ではないですよね。郊外住宅地に越してきた若い二人の句であればおもしろい。


夏木光足りず黙禱のまなうら 青本瑞季

「光足りず」とは? やや思いがつんのめっているようだけれど、真率であろうという意志は伝わる。(そうか内面と釣り合うほどの残像を欲していたのか、と瀬戸さんの評を読んで気がついた)「黙禱そして向日葵はあをざめ光る

「里」最近号より。「鳥のけはいか五月を人が振りかへる」「日を通し昏く重なる蠅の翅」「韮喰つてそんなに夜がこはいのか


みづからに百日紅の日々を課す 藤井あかり

句集『封緘』を上梓。各新人賞の有力候補となるだろう。

はくれんを好きな理由を思ひ出す」「石ころの粗くなりゆく螢かな」「万緑やきらりと窓の閉まりたる」「本で見たばかりの鳥や桃の花」のような安定した句に見られる世界との親和的関係は、関悦史をして「良い句集だった。「見せてもらおうか、本当の石田郷子ラインの実力とやらを」という感じ」と言わせるだけのことはあるのだけれど、去年「澤」の特集のために新作をまとめて読んだところ、そこには意外なほど「切迫した私」があらわれていて、興味深く思った。

掲句、暑い盛りをながながと咲く百日紅の日々をみずからに課すとは? ここには(飯島晴子に近いような)女性性にまつわる怨嗟の暗示がある。「牙生えてきて黙しをる夏野かな」「詰め寄るごとく花葛の正面に


八月のラジオ海流のぶつかる音 大塚凱
花野吹かれてトランプのやうに散る

この10句。発想の基本は喩にあって、たとえでつなぐ取り合わせによって、感覚の拡張を試みている。それは平成俳句の基本ユニットといっていい方法だ。ねらいが見えすぎるうらみもあるが、このイラストっぽさは、逆に、この人のチャームかもしれない(いや、ぜんぜん逆じゃないという向きも多いか)。「裸子は風に鳴るべくおほきな木」「夢は雲のはやさで忘れ水澄めり」(あ、これいい句)のかすかな「壊れ」に、宮﨑さんに共通する今のかんじ。
 

炎から遠巻きにゐる秋の蟬 江渡華子

句集『笑ふ』を上梓。「富士に雪臍を内側より蹴られ」「どの家も春の窓ガラスの揺るる」「ひたすらに夫を罵倒する夜長」「一人ゐる昼のトンカツ屋の水菜」「近所が火事シンクに皿のたまりゆく」。なんか翼さんみたいだw、日記っぽくて不器用でおかしくて。この「富士に雪」は、なかなか出ない。この人はたぶん自分が「可笑しい」ってことを分かっていると思う。

掲句、これはナンじゃこりゃなんだけど、かなり笑える。華子さん、蟬は、遠巻かないから。緊迫感があるようで、じつはとても呑気という魅力的な景。


とても上手に爪を噛むんで秋の海に捨てる 中山奈々

「里」5月号に特別作品20句「吐きやすき便器なりけり桜桃忌」(また翼さんだw)「呑んで呑んで男とならん渋団扇」「短夜や小さきベッドに小さくゐる」。

たましいを踏めば音が出る。それが繰り返しに耐えるなら、芸とも作品とも呼びうるし、知らない人ももらってくれるだろう。「母さんが優しく健康に産んでくれたので飛蝗捕る





第432号 2015年8月2
宮﨑玲奈 からころ水 10句 ≫読む
第433号 2015年8月9
柴田麻美子 雌である 10句 ≫読む
第434号 2015年8月16
青本瑞季 光足りず 10句 ≫読む
第435号 2015年8月23
藤井あかり 黙秘 10句 ≫読む
大塚凱 ラジオと海流 10句 ≫読む
第436号 2015年8月30
江渡華子 目 10句 ≫読む
中山奈々 薬 20句 ≫読む
中谷理紗子 鼓舞するための 10句 ≫読む

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