2015-10-18

自由律俳句を読む 113 「平松星童」を読む〔2〕 畠働猫

自由律俳句を読む 113
「平松星童」を読む2

畠 働猫



前回の記事で「連れ句」について触れたところ、「『連れ句』という語句は一般的な用語ではないため、説明が必要ではないか」という意見をいただいた。
自分もその語句について「草原」系の俳人が用いているために、一般的な用語と考えて使用していたが、なるほど無自覚であった。

上記の指摘をしてくれたのは元「草原」同人で自分の句友である小澤温であり、小澤によれば、「連れ句」という用語は「草原」同人で現在結社誌の編集長でもある、そねだゆ氏の考案によるものであるようだ。
そねだ氏の考える「連れ句」の定義は、以下のページで説明されている。


Art、自由律ヒッチハイク
『ゆ』のひとりごと
連れ句とは


そもそも、私が自由律俳句を始めたきっかけは、2012年の春に、病床にある恩師との連絡のためにTwitterを始め、日々の雑感を句にして伝え合ったことである。
恩師との句の交換の中で、相手の句に対して返答のように句を連ねていくこともよくあった。恩師が歌人であったためか、連歌のように句を交換し、連ねていくことは自然な行為であった。
当時、Twitter上で自由律俳句を発表していた俳人の中で最も魅力を感じたのが、すでに紹介した天坂寝覚である。
それまで何の関わりがあったわけではないが、あるとき彼の句に対して、恩師とするようにリプライの形で句を送ってみた。そうするとしばらく後に寝覚から句が返ってきた。そして、何の会話もないままに黙々と句の交換は続いた。
こうした交流は、その後も断続的に続き、その中で自分は天坂寝覚という人物から多くのものを学び、吸収した。
技術ももちろんであるが、その俳句観や視座、そして美的感覚について知った。その上で自分のそれらを句で表現し、返答してゆく。
それはなんとも幸福なつながりであった。
「連れ句」という言葉は、そうした折に天坂寝覚から聞いたのだったと思う。
このように句を連ねていくのを「連れ句」というのだと。

そのような経緯の中で定義された私自身の「連れ句」は、提唱者であるそねだ氏のそれとは多少のずれがあるかもしれない。
しかしその行為が相手への敬意や愛情に根ざしたものであり、また、他者理解と自己開示という幸福で高度な交流であるという点で一致している。
そしてやはり、句の鑑賞法として最も優れているということは疑いがない。

さて、今回の記事では、自らの連れ句を以下に示す。
これらは、かつて錆助より依頼を受けて、結社誌「草原」に「試行『平松星童を識る』」と題して執筆した原稿の中で、平松星童の句に連れ句をしたものである。
前回50句と書いたが、数えてみると83句あった。
今回と次回に分けて提示する。
作の巧拙は問わず、星童句の解釈の一例として笑覧願いたい。


(星童)……平松星童句
(働猫)……畠働猫句
※(働猫・過去作)……連れ句として詠んだのではなく、過去に作った句を連れ句として当てはめたもの


◎初期作品(昭和十七年から「俳句日本」掲載まで)
よい月によい風がプラタナスの下の公衆電話です (星童)
   月夜に泣いた公衆電話今はもうない (働猫)

お庫あけて誰か入ってゆく一番星がその上 (星童)
   もう一人が来ないまま夜しらじら明けてゆく (働猫)

まっ赤な竹薮の夕焼けをほそぼそ道が通ってゐる (星童)
  夕焼けの竹林を向こうから狐の面が来る (働猫)

春が夏になる日の鮮人小屋のペンペン草かな (星童)
  友達の家だが小屋は小屋であるペンペン草 (働猫)

ラジオが生々しい海戦の模様を、日本の夜は満天の星 (星童)
  ソマリアの海賊殺して来た灯油買い足す (働猫)

星のなか星のような一機がゆく海のうえをゆく (星童)
  墜落しても死に損なわないようそばにいる (働猫)

汽車がいってしまうとコスモスと風と駅夫と (星童)
  廃線をコスモス覆う (働猫)

月があかるすぎるので死んだ人のことなど (星童)
  死んだ猫が固くなっていった日もこんな月だった (働猫)

月の光が部屋いっぱいに、オルゴール (星童)
  となりの部屋のドビュッシーまで聞こえるような月の光だ (働猫)

めっきり秋らしくなった空のいろが指のさきのホータイ (星童)
  包帯巻いてきた級友笑って窓に秋 (働猫)

秋夜しみじみ語ることのつやつやぶどうの一つぶ一つぶ (星童)
  ぶどうの種を吐きながら話題を探すまだ長い夜 (働猫)

古いオルガン日のさし虫の声はそこからくるらしい (星童)
  廃校のオルガンから虫の声 (働猫)

暗さはまだ本がよめて一りんざしには一りんの花 (星童)
  花買って本は買えない読むものがない (働猫)

雪になりそうな雨ががいとうのまわり (星童)
  雪が雨になって夜はこんなに暗かった (働猫・過去作)

雪ぐにのくらい薬屋くすり調合する主のしろい (星童)
  薬局のおんなふくぶく健康すぎる (働猫)

水のなかまで月夜である石のかたち (星童)
  月を映した石だと言って売るおとこ (働猫)

つゆけく朝になって消えてゐたランプ (星童)
  朝が来たらしく街灯も消えてまだ帰らない二人 (働猫)

お月様乞食のような雪だるまでしょう (星童)
  白象の雪像つくり苦しいですサンタマリア (働猫)

八つ手の花は花火のよう星は何時も出るところに出る (星童)
  何番星までみつけても母さんは来ない赤いはな (働猫)

ずっこけた眼鏡なおして靴直しの親爺で、芽ぶく (星童)
  眼鏡捜す親父の頭上、さくら芽吹いている (働猫)

春だ春だと蟻が動く (星童)
  春蟻無限に湧く (働猫)

青い葉が散るので犬が遊びに釆てゐる交番 (星童)
  犬逃げてだれもいない交番で電話が鳴っている (働猫)

遠く木の倒れる音木樵小屋は年とった時計がうつ (星童)
  遠く木の倒れる音気のせいかもしれない世界は終わる (働猫)

朝がすずしい水晶の数珠 (星童)
  数珠こぼれおちる朝がすずしい (働猫)

日をしずめひっそり月の出をまつあいだ、海 (星童)
  海にいて君といて貝殻に月の映える (働猫)

あめふるでんでんむしむしでんしゃがとおる (星童)
  でんでんむしむしおとのさまとおるかおをあげるなよあけがきても (働猫)

裸馬に裸の少年水にぬれ月にぬれてゆく (星童)
  全裸よい月に誇る (働猫)

雲だらけの月が荒地野菊 (星童)
  野菊咲いて雲がおりてくる (働猫)

金星がでてをるランプともそう (星童)
  二人でランプ吹き消して明けの明星 (働猫)

月が今夜の光もってくる変電所 (星童)
  鉄塔にだれかいたような月が翳った (働猫)

星に風あるくだもの (星童)
  なしうまいもももうまいひとりでくってしまった (働猫)

ランプのような月が、金平糖のような星が、冬 (星童)
  月も星も吸い込んで雪 (働猫)

落葉ひらひら水におちて魚になる月夜 (星童)
  落ち葉舞って病室の魚になる夢 (働猫)

朝の光り門衛のぢいさん文鳥と話して餌をやってゐる (星童)
  通勤電車吊り輪と話している男 (働猫)

木が木が裸になって人々愛しあう冬 (星童)
  木を裸にした熊吊るされて北国に春遠く (働猫)

顔の白さ、夜の桜ちってゐる (星童)
  めがねも脱いだらまつげに花びら (働猫・過去作)

風から祭が耳のとおいおばあさんと猫 (星童)
  失語の母と猫とに遠い祭りの音 (働猫)

雪ふるまっしろなこどもまっしろな犬 (星童)
  雪ふるいい歳をして白いパンツの女 (働猫)

昨日までの君ではない君のいつものほほえみきょうは征く (星童)
  征く友を送るせめて微笑もうとする (働猫)

夕日が草のたけ射撃演習完了 (星童)
  演習の音窓を鳴らす教室で君死にたまふことなかれ (働猫)

春の白雲、印刷機は紙をたべてははく (星童)
  また紙詰まりの印刷機蹴って叱られている、雲はやい (働猫)

大きな梨二つに割り月夜の空気いっぱい (星童)
  食べられなくなって梨半分のかわいてゆく (働猫)

こどものあせばんだひたい何か化粧のにおいがする (星童)
  別れてきた母の残り香ある子のひたい (働猫)

夜の海と海よりしずかな街にふる雨 (星童)
  君に降った雨がきた (働猫・過去作)

子供の手に手をそえきれいになるまであらってやる (星童)
  洗っても洗ってもきたない手だきたない手だ (働猫)

茗荷の匂いのあおささびしさまずしさ、をあじわう (星童)
  よそのカレーはまずくてふしぎでしあわせである、をあじわう(働猫)

凍った池とでんしんばしらと鴉はあるく (星童)
  水平線も凍てつく冬だどこまでもゆける (働猫・過去作)


*     *     *



以上47句。
次回はさらに36句の星童句とそれへの連れ句を見ていただき、自分の連れ句の「定義」と「メソッド」についてお伝えしたい。




次回は、「平松星童」を読む〔3〕。

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