〔ハイクふぃくしょん〕
マゲ
中嶋憲武
マゲ
中嶋憲武
『炎環』2013年3月号より転載
「この辺か?」
「この辺だよ」俺と新太は並んで立った。
俺は百六十センチ。新太は百八十センチ。並んで立つとR2-D2とC3POみたいだ。郊外の私鉄の小さな駅前。ちょうど夕方の帰宅どきで、改札から出てくる人、改札へ向かう人の波で、ちょっとした活気にあふれる時間帯。
俺と新太は、派遣先の物流センターへ向かうためのバスを待っていた。夜七時から朝の七時まで、コンベヤーに乗ってきた品物を自分の担当部署へ引き込む、「マゲ」と呼ばれている仕分作業をしている。夜食の時間を含む二回の休憩を挟んで十時間、ひたすらコンベヤーの流れを見続けて日当八千円。
初めて八千円を受け取った朝、新太が小声で「パーッとやろうぜ」と言った。臆病な俺は、朝イチ風俗かどっかでパーッと使っちまうのかとドギマギしたけど、新太の言うパーッととはファミレスで七百八十円の焼鮭定食を食うことだった。それ以来パーッと行こうと言われると、田んぼのなかの、やたらに駐車場がだだっ広いファミレスで焼鮭定食を食う。たまには気張って九百八十円のサイコロステーキを食う。
新太とは帰る方向が同じなので、自然、行動を共にするようになった。そのせいか仕事先でもセットで扱われ、「マゲ」の部署だってちょくちょく隣り合わせになる。
「あの野郎、いつもむっつりしてやがんな~」新太が呟く。
「誰?」と言いながら、新太の視線の先を辿ってゆくと、宝くじ売場の隣りにいつも店を出している甘栗売りの男が無愛想に突っ立っていた。
「カエサル」俺は言った。
「カエサル?なんだそりゃ」
「ジュリアス・シーザーだよ」
「ああ、シーザーか。で?」
「似てんだろ、あいつ。顔デカイけど」
「シーザーの顔って知らないもんね」
たしか高校んときの世界史の参考書に、正面向きの石膏像の写真が載っていた筈だ。その顔にクリソツだ。
彼の残した言葉はいくつかあるが、俺はとりわけ「来た、見た、勝った」って言葉が好きだ。炎熱のような勝利感がある。俺もいつかは、こんな勝利感に浸れる日が来ると、心のどこかで信じている。新太に言えば、たぶん鼻で笑われるだろう。二十五歳だし、敗北するには早すぎる。新太は勝利など、とっくの昔に諦めているか、もしくはその存在すら無いものと思っているだろう。
「なあ、十年後何やってっかな」
「マゲだろう、マゲ」
俺は炎熱のような勝利を信じる。
何の根拠があるんだと、みんな笑うだろう。でもかまうものか。
いつでも眠そうな顔をした運転手が運転するマイクロバスが、やって来て停まった。俺と新太と、そこら辺で待っていたその他数名は、護送される人のように無言でバスに乗り込んだ。
甘栗を売るカエサルに似し男 結城節子
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