2015-11-01

2015角川俳句賞落選展 13 きしゆみこ「まつはる色」テキスト

13. きしゆみこ 「まつはる色」

墨色の春の袷にミシンの目
けふよりはびつこの黒き恋の猫
しらうをの網逃れをる光へと
春灯に包まれてゆく手暗がり
さやさやと雪解の音に近くゐて
初鳴は枝に促され枝を動く
ねこの字の習字一枚雛飾る
草の芽のそれは野のもの神のもの
明るさを作る手入れや鳥雲に
門前に春の花の荷届きたる
明日咲く明日散る明日の桜
薯莪の花樹下に久しく日を透かし
麦刈られ空まで続く轍かな
舟の池睡蓮の池モネの池
門番の薄紫の午睡とも
遠目にも広場が見えて鐘涼し
朝蔭りパンを買ひたる避暑の村
街の灯の中を明るき涼み船
甲板にさくらの色のビール酌む
幾筋も海月の途次のあるらしく
囲まれし黄色の広場夏木立
藍色の莨盆あり祭来る
縁側の麦藁帽子鳶の家
爪を噛むプール上がりの少女の眼
夕立に慌てず街に大通り
踊子の悲しくなってゆく姿
星月夜ただ一行で泣いてゐる
白萩を生籬と据ゑ住み古りぬ
川波の高くありぬる鯊は海
秋天や建造物は小さき像
子の描く彼岸花みなくもりなし
月を待つたうに幽けき水鏡
馬の背の高さに跳べる螇蚸どち
窓を拭く小鳥来る日の近づきぬ
船室に灯火親しむだけの指
濡れてをる置屋の構へ忘れ花
流るるといはず揺れをる冬の川
聖樹の灯ボーイソプラノが揺らす
お蕎麦屋の盆に売られし年賀状
蜘蛛が囲を張るやうに池凍りたる
借景の冬のポプラはなほ高く
命日の料理平たく寒卵
大試験新聞小説始まりぬ
冬の雨ぬくしといへば川の凪ぐ
料峭や古道具屋の棚卸
燈明の揺れ初めたりしなごり雪
しやぼん玉ゆきたるあたり魚溜
乗換の橋桁長くおぼろ月
苔の間のなづなに雨のうちふるへ
一面となれば果なる花筏






きしゆみこ
「屋根」「クンツァイト」所属。

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