ぽ譚
柳本々々
眠る前にふっと眼にしたぽが忘れられずに目蓋をひらいたら、まだ、枕元にぽがいたので、割合、長くいるぽなんだなあと私は、思った。これまでぽには会ったことがなかったが、友人の話できいたことはあった。ふれると柔らかかった、堅かった、意外に喋った、持ち運ぶことができた、呪われた、一緒に暮らした、愛した、結婚したかった、忘れられなかった。めいめいに、おのおののやり方で、いろんなぽが、あった。
私のぽはどんなかなあ、と恋人に語ったことがある。緑色だろうか、黒とか、虹色とか。色が大事なの? と、恋人が、云う。そうじゃないでしょ。大事なのは、ぽかどうかでしょ。あ、そうか、と私は思う。ぼ、じゃ意味がないものな。
世界っていろんなものがあるからさ、きっと森の奥深くに忘れられたようなぽとか、深い海の底で深海魚がつついてるようなぽとかあるんだろうね、と私は感慨深げに云った。今年の誕生日プレゼント、ぽにしてもらおうかな、とも。
でもね、情熱のぽもあるのよ、きっと。と、恋人が云う。ぽってなんだかぽわぽわしてるでしょ。でも、燃えあがるようなぽもあるのよ絶対。だって、いろんなぽがあるんでしょう。いろんな私たちがいるみたいに。過去にも、未来にも、これから飽きるほどいろんな私たちのバラエティーがやってくるわよ。そう考えると、厭になっちゃうわね。うんざりしてくる。
私はいまひとりで眠っている。ひとりで毎日眠るのもぽのようなものだと、思う。ぽがなにかは、知らない。でも人生にとってそれはなにかクリティカルなものかもしれないとも、私は思う。
夢のなかで恋人に逢う。最近どう、となんでもない感じで恋人が私に云う。どうにもだよ、と私は答える。なんでもない会話を夢でしているだけなのに、ぽが燃えあがる。熱くて気怠くて夢うつつで、それでもしっかりと私にぽは話しかけてくる。たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ、と。
人生と同じように、ぽはある日唐突にぽぽへと移行する。ひとはどんなぽでも手に入れることができる。手に入れようとさえすれば。そうじゃないかなと私は(夢のなかで)恋人に云う。そうねと(夢のなかで)恋人が返事をして呉れる。私は何度も何度も目蓋をひらく。そのたびごとに枕元に、ぽが座ってる。ぽは燃え上がるような表情をして、私が目を開くたびごとに、覗きこんでくる。
たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ 坪内稔典
2016-02-07
ぽ譚 柳本々々
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