【八田木枯の一句】
両手あげて母と溺るる春の川
田中惣一郎
両手あげて母と溺るる春の川 八田木枯
掲句所収の『於母影帖』(1995年)は、率直すぎるゆえにどこか屈折して見えてきてしまう母への思いが巧みに織り込まれた句で溢れている。
描かれている内容そのものはあるいはどこぞから発掘される壁画にあってもおかしくないかのような普遍性をたたえているが、それを損なうことなくまたのびのびと俳句であることの凄みが木枯句にはある。
掲句は何と言っても音の響きが心地よい。「両手あげて」と字余りが助走のように、「母」「るる」「春」と、〈はる〉の音へとなだれ込む。「両」と「溺」にもo音でのつながりがあり、読めば水が流れるように音が流れてゆく。
八田木枯の俳句の中で川やそこに浮かぶ舟と母とを取り合わせたモチーフは、入水など、死のイメージを伴って他にも繰り返し書かれているが、この句の場合もそういう匂いはあるものの、しかし暗い印象ではなくまったく歓喜に満ちた明るいものに見える。狂気の中の恍惚が感じられるようである。
2016-03-06
【八田木枯の一句】両手あげて母と溺るる春の川 田中惣一郎
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