みみず・ぶっくす60回記念
小津夜景 水の音楽 musica aquatica
《60 pieces from みみず・ぶっくす》
………………西原天気謹撰
こゑといふこゑのえのころ草となる
棹さしてくらんくらんと月の酔ふ
ゆく秋の虹を義足に呉れないか
梨をむく指に手紙のあふれたり
ねぐらまで食パン抱いてももんがよ
氷湖より白い表紙のやうに明け
いまだ目を開かざるもの文字と虹
煮こごりに夜の音楽のなごりかな
わが春に惜しむものふる瞼かな
巻物を手に打ち鳴らし乙女かな
しろながすくぢら最終便となる
セロファンの陽を剝ぎながら接吻す
しんしんと夜間飛行の薬缶かな
総重量かげらふほどの暗器なり
鳴る胸に触れたら雲雀なのでした
オルガンを漕げば朧は溢れけり
鳥雲に仕舞ひし櫛をとりだしぬ
もう夢の念力がねえ眠れねえ
太陽のふちにとけたる眼鏡かな 原句ジャン=マリー・グリオ
読み終へて眠ればかしこ花曇
晩春のひかり誤配のままに鳥
はつなつの光に殖ゆる非人称
骨盤をひらけば森のレエスかな
夏の日の一冊があり橋があり
蜘蛛よりも甘く重なるだけのこと
船酔ひのやうに金魚を抱いてゐる
夏の蝶ガアゼの端を切り揃へ
入れ墨のごとき地図ありしんしんと鈴のふるへる水の都に
ぼうたん溺る鍵穴のまばゆさに
毒薬の壜のきつねのてぶくろよ
夢殿やくらげの脚をくしけづる
サイダーをほぐす形状記憶の手
百合の骨つまめば砂となりしのみ
秒針の透かし彫られし白日傘
即興の雨をパセリとして過ごす
跡形もなきところより秋めけり
この世へと踵を返すきりぎりす
亡びゆく書体のラベル地虫鳴く
こほろぎを連れて人名録ひらく
使用済みインクの滲む雲や秋
瞑りゆく目は鶏頭の襞のまま
昔日にかささぎを待つトイカメラ
森ゆるくかたまる夜のしつけ糸
雁や世を早送りするごとく
スプーンを舐めて高きに上るかな
夜着に入る虫も夜伽のなきどころ
文字を打ち霜の柱はこわれけり
よく眠る山と我楽多文庫かな
冬といふしなやかな字を忘れもし
絨毯のあはき光へぬかづきぬ
トナカイの翼よあれがドヤの灯だ
ゆく年のそろりと脈を手にとりぬ
嬉しきことを若菜野を見にゆかう
いかにもと藁に六花を包み来し
靴揃ふ冬の眠りのかたはらに
凍蝶を笑ひあふ日のふるへる眼
アルバムに日付のなくて暖かし
伝書鳩ひつそりかんとひこばゆる
いまさらの夜を慈姑と眠りこけ
桃の下そぞろに詩句をそらんずる
2016-04-17
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