2016-04-03

【八田木枯の一句】ねころがり彼岸の母と手をつなぐ 田中惣一郎

【八田木枯の一句】
ねころがり彼岸の母と手をつなぐ

田中惣一郎


ねころがり彼岸の母と手をつなぐ  八田木枯

掲句は第二句集『於母影帖』(1995)所収。句意明瞭、と言っていいのかどうか、「彼岸」が実際のその時期を指すというよりも本来的な意味においての向こう岸が見えるような幻めいた効果のあるどちらかといえば虚構的な句ではあるが、それにしても詠みぶりはシンプルな作である。

なのでさらっと、ああそういう幻想的なやつなのね、と流し読みしてしまいそうなものでもあるのかもしれないが、この句の食えないところは上五「ねころがり」にある。観念上の彼岸に母がいる、ということ、その母と手をつなぐ、というところまではある意味想像の範疇なのだ。けれど、「ねころがり」とまで言ったことでこの句にはその言い方でしか出ない切実さが現れたのではないか。いわゆる写生的なものではない、想像と現実のあわいを描こうとするとき、一番大事なのはこういった、それが本当らしいと確かに感じられる手触りをどう生み出せるかというところにあるのではないかと思う。

第三句集『あらくれし日月の鈔』(1995)の末尾には〈手をつなぎながらにはぐれ初夜の雁〉という句が置かれていて、この句はこの句で「に」の助詞遣いに心憎いものがあるのだが、それにしても手をつなぐことを句に読むとき、ねころがり、とまで踏み込んで言える作者なのだと思うとこの句にある暮れ方の雁の鳴き声も立体的に感じられるものだとぼんやり思う。


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