成分表68
やさしさ
上田信治
「里」2012年11月号より改稿転載
人の思考は、アナロジー、つまり何かと何かは似ているという感じをもとに働くのだそうだ。
永田耕衣が、テレビで料理番組を見ると「稲荷寿司のアゲの油をぬくのに瞬時ゆがく」「麻の実を寿司飯に適量混入する」などの、具体的な人間の知恵がありがたく、思わず涙ぐむ、と書いていた(『名句入門』)。
涙ぐむと言えば、自分は、女性歌手の若々しくたっぷりと媚態をふくんだ歌を聴くと、ありがたく涙ぐましいような気持ちになる。ロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」とか。
ではと思って、少女時代の「ジニ」などを聴いてみると、カッコヨサには打たれるものの、自分がそのカルチャーを共有していないことを強く意識させられる。それは、今の黒人音楽が分からないということと、もう一つ、彼女たちの体現している女性性がよく分からないということで、世代とか年齢によるものなのだろう。最近、日本でにわかに全盛をむかえた女性アイドルグループについては、逆にそのカルチャーが分かりすぎてしまうのだけれど。
夏蜜柑の種子あつむれば薄緑 川島彷徨子
耕衣の料理番組の話は、この句にむけた句評の文中に登場する。「薄緑」を享受するトリビアリズムは自然の神秘を無限に痛感する「情の世界」に拡大展開する、といった耕衣一流の言い方につづけて稲荷寿司の話になり、この一句に人間の知恵を見て感涙を催さない人は詩人ではない云々と、その文は結ばれている。
夏蜜柑の種子と料理番組の両方にむけて流される涙に共通するものは、根源的なあこがれへ向かう回路が、ただ優しさによって開かれることへの驚きと歓び、そして感謝だ。
自分は、勘で、そこに女性歌手の話を持ち出したのだけれど、ぴったり平仄が合っていた。耕衣はそれを、人間の知恵と呼んだ。
ロネッツを聴くと、自分は、ロネッツになりたい、と思う。電車の好きな子供が、新幹線になりたいとか言う、あれだ。ラモーンズが「ベイビー・アイ・ラブ・ユー」をカバーした気持ちが痛いほど分かる。マリリン・モンローにもなりたい。マリリンの詩を書いた詩人もそう思っていたに違いなく、薄緑のみかんの種になりたい気持ちになれば、あんな句が書けるのかと思ったりもする。
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