2016-08-21

空気が音になるように 西川火尖

空気が音になるように

西川火尖
 

彼らがオルガンを出してから気づいたのだが、
私はオルガンという言葉がどうやら好きらしい。
それは、ピアノよりもクラリネットよりも
名前のイメージが絶妙にマッチしているし、
また、ハーモニカにはハーモニカのフルートにはフルートの
というふうに、その名にふさわしい音で鳴る楽器は
他にいくつもあるけれど、オルガンのその、口に出せば、
丸みを帯びた空気が動く感じがするところなど、
「加圧した空気を鍵盤で選択したパイプに送ることで
発音する鍵盤楽器」につけられる名前として、
これ以上ないと思えるほどである。

オルガンが登場する俳句を何句か探してみたところ、
良いと思えるものは、その場所の空気に触れるような句だった

放課後のオルガン鳴りて火の恋し 中村草田男
オルガンはるおんおろんと谿の雪 藤田湘子
オルガンの鞴の漏れしクリスマス 正木ゆう子
オルガンを日向に運ぶ花まつり 井上弘美

微妙な空気のゆらぎや息づきを感じられるこうした句は
とても気持ちがいいし、眼前の景だけではなく、
オルガンの語感そのままに、空気の濃い暖かさとか、
音とか、句に触れている皮膚の感覚というような
俳句によって作られた世界に没入する快感があると思う。

そんなオルガンを名乗る彼らの、創刊にあたっての言葉を引用すると、
そこにはやはりある種の柔かい濃さのようなものが漂っている。

「息をする、と言う。
息を、と。
でも息と、それをするものとは分けられない。
むしろ、息がする、と言ったほうがいい。
息が、するのだ。

俳句もまた、そうではないか。
俳句を、するのではなく、俳句が、するのだ。

俳句がする、4つのオルガン。」
そうだ、そうなのだ。彼らは、俳句がするというのだ。
それはまさに空気を送られたオルガンから音がするように、
空気が音になるように、とても自明なこととして、起こる。
誌面に書かれた彼らの問いかけや、世界のとらえ方が、吸い込まれて、
暗いパイプの中で何があって、オルガンの俳句になるのかは分からないが、
俳句がするたび、彼らと私たちのいる世界が響いているような気がするのだ。
そして、それは、もしかしたら誰もがあきらめたように安心して過ごした
平成俳壇無風の時代の終りを告げる音楽なのかもしれないと、少し思った。

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