2017-07-30

金原さんとの文通 佐々木紺

金原さんとの文通

佐々木紺


俳句を読みはじめた最初の頃に、金原まさ子さんの「カルナヴァル」を勧められて読んだ。装丁や本文もうつくしく、読んでいると異世界に引き込まれるようで、大好きな本になった。

それから約1年後、私は仕事を辞め、晴れてフリーターとなった。たいへん暇になったので、当時ハマりはじめたBL俳句の雑誌を作ることにした。その際に大好きな「カルナヴァル」の作者に何かコメントを頂きたくて、駄目元で、幾人かの方を通じてお願いをした。

当初は別の企画を考えていたのだが、結局は、「BL俳句誌 庫内灯」1号誌上で、金原さんと文通させていただくことになった(その際に助けていただいた久留島元さん、週刊俳句の上田信治さん、本当にありがとうございました)。

憧れの人と(公開とは言え)、文通……!! 私の興奮をご想像いただきたい。たとえばアイドルにファンレターを出したらうっかり返事が来たようなものである。

文通は企画が終わってからも、ゆるやかなペースで2年近く続いた。とは言え、私たちの関係はけして双方向性のあるものではなかった。作者と読者、アイドルとファン、そういう関係を超えなかったと思う。

美しい字のお手紙が来るとその日1日、いやもう一週間くらい、とびあがるように嬉しかった。

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金原さんの俳句を読んでいると、句が年齢を重ねるほどにどんどん自由になるのが分かる。より濃く、より色彩豊かに毒々しくひらいてゆく。「遊戯の家(2010年出版)」とそれ以前でもそうだし、「遊戯の家」から「カルナヴァル(2013年出版)」の間にも、さらに飛躍がある。

彼女の句が最後に色を変えるのは、2017年2月のブログの更新からだ。死や病を意識した句、自分に近づいた句が多くなる。しかしその書きぶりは、病に囚われそれをテーマに据えるのとはまた違う。生と死の間を軽やかにゆききしながら書かれたような色彩の句たち。

絶版が積まれびらんびらん真っ赤だ

「びらん」は絶版の書物が風にそよぐ音であり、粘膜の糜爛のただれた赤さでもあるだろう。絶版の書物はもう二度と増えることはなく、ここにあるものが全てだという閉塞感が漂う。それにしてもどの頁も真っ赤な本が積まれていて、てろてろと風に吹かれていたらと思うと、だいぶ怖い。

晩春の甘酸っぱい小指のピクルス

逆流性食道炎あら指が

桜の森よまっしろな浮腫の足百本

肉体はばらばらになり、そのうち自由に遊びはじめる。桜の木に混じって乱立する柔らかな白い脚だったり、ピクルスになりたがる小指だったり。うっかり誰かの食道にひっかかったりもする。

死にたてよ八重桜きて包みこむ

ふわりとした質感。死んだばかりの身体はすっと小さくなり、幾重ものうすいピンクの花弁に閉じ込められる。肉体がやすらかに花に戻る。

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手紙に、リア友ひとりもいません、と書いて来られた金原さんだが、きっとたくさんの人に愛されていたのではないかと思う。お会いすることはなかったが、文面から感じられた彼女は、少女のように素直で激しやすく、愛も怒りも深いひとだった。

生と死は地続きだ。

だから私たちは必ずそこに行く。

いつかお会いしたら、たくさんお喋りしてたくさんケンカもしてみたい。

ね、金原さん。

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