西遠牛乳
せいえん ぎゅうにゅう
8. 西遠州男子休日
牟礼 鯨
Sがその句集を読んだとき
「悲しい」
と言ったのを今でも覚えている。
「何が悲しいのか」
と問うと
「言葉の選び方が悲しい」
と応えた。
八月下旬に浜松に引っ越してから、平日は窓際の暖かいデスクで居眠りしていた。仕事が忙しくなるのは十月からで、九月は暇だったからだ。
それでも、仕事はした。季節のコラムを書いたり、イラストや版画につけるコピー案を羅列したり、時季にあった俳句を句集やアンソロジーから探したりした。でも、私にとってはどれも遊びだった。
土日はSに随いていき、ゆりの木通りや有楽街や遠鉄百貨店へ繰り出して、散歩したりカフェを開拓したりした。
九月のある土曜日、Sが九州へ取材旅行に出かけて帰ってこなかった。
ひとりで行きたいところがあったので、私は原付〈一つ目家鴨〉号に跨がった。
ザザシティへ行き、鴨江小路を西進、鴨江観音の前を通って消防署の鴨江出張所を左折した。右側にくすんだ黄色い建物があった。暖簾が風に煽られて「さ」と「だ」が裏に隠れていた。
入口から暖簾を直しに出てきた女性に、原付に跨がったまま
「ランチやってますか」
と訊いた。
驚いた顔をしていたが
「やってます」
との返答。
原付を停めて入店した。
メニューを見るとトンカツ定食や幕の内弁そして海老フライ定食などがあった。寿司屋という先入観で入店したが、老夫婦がやっている魚も食べられる定食屋だった。
入口左手の座敷にあがり、さしみ定食を注文した。
お盆に載せられた定食とともに
「新聞読むでしょ」
と女性がスポーツ報知と静岡新聞を食卓に置いた。一面記事だけ目を通した。
刺身は三種あった。味噌汁は肉が入っていて特に味噌が赤いとは思わなかった。
連続テレビドラマ小説「ひよっこ」の放映が始まり厨房から笑い声が漏れた。食べながら店の内装を見ると相田みつをの色紙が高いところに掲げられていた。
食べ終わってトイレを借りた。特に言うべき言葉を持ち合わせていなかったので、トイレから出ると勘定を済ませた。
去り際に女性が
「忘れ物をしないようにね」
と言ってくれた。
秋うらら寿司を食へざる寿司屋の子 澤田和弥
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