【週俳9月の俳句を読む】
秋はシュール
笠井亞子
くちびるの縷々浮かびくる秋の川 豊永裕美
川に唇がつぎつぎと浮かんでくる景色とは、たいへんシュール。
シュール、唇、ときたらマン・レイの有名な絵画「天文台の時—恋人たち」を思い浮かべないわけにはいかない(鰯雲が見えるからこれも秋の風景だろう)。空に浮かぶ大きなマン・レイの唇は赤く生きものめくが、この句の「くちびる」は、魚に人間の唇を貼付けたようなどこかキッチュな味わい。そう思うと、ちょっとづつブツを動かしながらコマ撮りして作っていた、初期のアニメーションのようなぎこちない動きも見えてきて愉快だ。るるるる、とね。
はてしなき両替のごと滝壺よ 鈴木陽子
この「両替」の見立てはおもしろい。
滝は不思議だ。落ちようとする水、落ちてゆく水、落ちた水、とそれぞれに、あえて言えば性格の違いがあるような気がする。とすれば当然、滝壺に落ちてから上がってきた水にはいっそうの「別物」感が漂う。そこを「両替」と言ったのかもしれない。壺はもともと財産=金をあらわすのだし。「湯水のごとく」使うのもお金だし……。ただ、滝を見ていて両替は思い浮かべないよなあ普通は。掴み方がシュール。
こほろぎの草喰ふかほが目の前に 柳元祐太
作者はどこにいるのだろう。草を食べているのだから、虫籠のこおろぎには思えない。
何かの事情で草むらに倒れこんだ作者の目に、こおろぎが飛び込んできたというのか。それも全身ではなく「顔」なのだから、とんでもない大接近のはず。突然ぐぐっとクローズアップされるこおろぎの顔。あの黒くテカるメカニカルな質感を思うと、淡々とすすむ上五・中七のあとの展開はかなりシュールである。
階段も雲もテンペラ小鳥来る 森澤 程
テンペラとは、油絵の具が登場する以前、顔料と卵などを混ぜ合わせた絵の具で描かれた絵画のこと。おもに石膏の下地をほどこした板に描かれた。「ヴィーナスの誕生」「春」(ボッチチェリ)「受胎告知」(レオナルド)など。
「階段も雲もテンペラ」はかなり唐突感がある。が、試しに「油絵」や「水彩」を入れてみるとよくわかる。……なんとも決まらない。「テンペラ」。この一語で中世ルネッサンスのマットな光の質感や空気感が立ちあらわれる。そして階段、雲の上向きの視線の先に、そう、小鳥がやってくるのだ。
香水の文字の中まで入り込む 伊藤蕃果
この句の「香水」には揮発性より液体性を感じてしまう。
「香水という液体が文字の印刷された紙に吸い込まれてゆく」実景のようでもあり、「香りによって作者が文字(コトバ)に引き込まれているよう」でもあり、「香水という文字そのものに浸っているよう」でもあり。つまりプロダクトとして以上に、「香」「水」の文字が広げるイメージの力は大きいのだった。
川に唇がつぎつぎと浮かんでくる景色とは、たいへんシュール。
シュール、唇、ときたらマン・レイの有名な絵画「天文台の時—恋人たち」を思い浮かべないわけにはいかない(鰯雲が見えるからこれも秋の風景だろう)。空に浮かぶ大きなマン・レイの唇は赤く生きものめくが、この句の「くちびる」は、魚に人間の唇を貼付けたようなどこかキッチュな味わい。そう思うと、ちょっとづつブツを動かしながらコマ撮りして作っていた、初期のアニメーションのようなぎこちない動きも見えてきて愉快だ。るるるる、とね。
はてしなき両替のごと滝壺よ 鈴木陽子
この「両替」の見立てはおもしろい。
滝は不思議だ。落ちようとする水、落ちてゆく水、落ちた水、とそれぞれに、あえて言えば性格の違いがあるような気がする。とすれば当然、滝壺に落ちてから上がってきた水にはいっそうの「別物」感が漂う。そこを「両替」と言ったのかもしれない。壺はもともと財産=金をあらわすのだし。「湯水のごとく」使うのもお金だし……。ただ、滝を見ていて両替は思い浮かべないよなあ普通は。掴み方がシュール。
こほろぎの草喰ふかほが目の前に 柳元祐太
作者はどこにいるのだろう。草を食べているのだから、虫籠のこおろぎには思えない。
何かの事情で草むらに倒れこんだ作者の目に、こおろぎが飛び込んできたというのか。それも全身ではなく「顔」なのだから、とんでもない大接近のはず。突然ぐぐっとクローズアップされるこおろぎの顔。あの黒くテカるメカニカルな質感を思うと、淡々とすすむ上五・中七のあとの展開はかなりシュールである。
階段も雲もテンペラ小鳥来る 森澤 程
テンペラとは、油絵の具が登場する以前、顔料と卵などを混ぜ合わせた絵の具で描かれた絵画のこと。おもに石膏の下地をほどこした板に描かれた。「ヴィーナスの誕生」「春」(ボッチチェリ)「受胎告知」(レオナルド)など。
「階段も雲もテンペラ」はかなり唐突感がある。が、試しに「油絵」や「水彩」を入れてみるとよくわかる。……なんとも決まらない。「テンペラ」。この一語で中世ルネッサンスのマットな光の質感や空気感が立ちあらわれる。そして階段、雲の上向きの視線の先に、そう、小鳥がやってくるのだ。
香水の文字の中まで入り込む 伊藤蕃果
この句の「香水」には揮発性より液体性を感じてしまう。
「香水という液体が文字の印刷された紙に吸い込まれてゆく」実景のようでもあり、「香りによって作者が文字(コトバ)に引き込まれているよう」でもあり、「香水という文字そのものに浸っているよう」でもあり。つまりプロダクトとして以上に、「香」「水」の文字が広げるイメージの力は大きいのだった。
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