海鳥ダイアリー
聞き手:岡田由季
1日目
由季●
夜景さんのブログ記事から、「ケイマフリ」「エトピリカ」といった珍しい海鳥を初めて知って、その容姿の鮮やかさにびっくりしました。
ケイマフリ |
広い砂浜に出ると、自然と鳥を目で追うことになります。動くものが他になにもないから。それで毎日眺めているうちに、鳥を見るのが日課になりました。
由季●
鳥類のなかでも、海鳥なんですね。
夜景●
海鳥に惹かれる理由は、家で飼えないというのが大きいです。愛玩不可能。そこがすがすがしく、気持ちがいい。飛んでいる姿ばかりでなく、砂浜、断崖、岩棚、岬の草原などで、じっと風の音を聞いているときの表情もいいですね。あと小さい子たちの好奇心。まだよちよち歩きのころから海に出るのでワイルドです。
それから、実はわたし、とても目が悪くて、木々に鳥をさがせないんですよ。以前住んでいたアパートのベランダが林に面していて、大ぶりの樹をわっさわっさと揺らしながら鳥たちが集団生活をしていたんですが、毎日近くから観察していてもほとんど見えなかった。囀りはすごいんですけれど。その点、海は見晴らしがいいのがうれしい。いつでも鳥がそこにいてくれます。
由季●
なるほど。広々とした視界の中で眺めることができるのは海鳥ならではですね。
2日目
由季●
以前も港町にお住まいで、今の南仏のお宅も海岸の近くのようですが、選んで海の近くに住まれているのですか。
夜景●
いいえ。フランス暮らし半分以上は海のない場所にいました。最も長いのはパリで、9年暮らしました。でも思えばパリでの出来事を人に話したことってほとんどないです。
日本にいたころ一番長く住んだのも海のない京都でした。で、その時期のことも人に話せないんですよ。その他の町も含めると、これまで多くの時間を海のない場所で過ごしましたが、海の香りがなかった場所のことは、ごく自然に語らないみたいです。
由季●
夜景さんの眼差しがいつも海へ向いているのですね。
3日目
由季●
それにしても、このまえの「エトピリカ」一度見たら忘れられないような表情をしています。他にもおすすめの鳥はいますか。
エトピリカ |
北海道の鳥をあげるとペンギンそっくりなオロロン鳥。
オロロン鳥 |
由季●
夜景●
わたしの家族はオロロン鳥の飛ぶ姿を「神の失敗作」なんて言うんですよ。
夜景●
そうそう、これはどこにでもいますけれど、夏羽のユリカモメは見るたびにきゅんとしますね。夏のユリカモメは、頭頂部から後ろは白いままで、顔だけ墨を塗った風になる。すると黒糖みたいな瞳がますます可愛いらしくみえるんです。ウミネコなんかは瞳が獰猛で、食われるのでは?と思うくらい怖いのに。
ユリカモメ(夏羽) |
あと、まだ見たことのない海鳥ではガラパゴスのアオアシカツオドリに興味があります。地中海にはシロカツオドリがいて、好きじゃないんですけど、一応生態を調べているときにアオアシのほうを発見しました。こちらで見ると、カツオドリ特有の気味悪さがあって、怖くなる人もいるかもしれません。
シロカツオドリ |
アオアシカツオドリ |
どれもキュートで面白いですね! 珍しい鳥は、遠くまで見に行かれることもあるんですか?
夜景●
わざわざ鳥を、というのはないです。でも夏は毎週末、海岸沿いの町をひとつずつ潰して回っているんですよ。そうやって海沿いの地形を楽しんでいる際に、自然と目に入る鳥を眺めています。最近は知らない場所が減ってきたのが悩みなのですが、南フランスには多くの自然保護地区があり、丸ごと国立海洋公園となった島もあるので、これからは島に行くものいいかなと思っています。保護地区にゆくと渡り鳥が留鳥となって棲んでいたりしますし。
5日目
夜景●
わたしね、ミヤコドリとユリカモメって同じ鳥だと思っていたんですよ。中学校で伊勢物語の「東下り」を習った時、都鳥の一節で「白き鳥の嘴と脚と赤き、しぎの大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ」とユリカモメの描写が出てきて、教科書にも「ユリカモメの異名」とあったので。だから実際のミヤコドリは体の半分が漆黒で、魚ではなく貝を食べ、べらぼうに長いオレンジのくちばしをしていると知ったときは本当に驚きました。
ミヤコドリ |
由季●
えっ、そうなんですか? 私も同じ鳥だと思っていました。手持ちの歳時記にもそう書いてあるし…。同じだと思い込んでいる俳人は多いと思います。ミヤコドリはかなりイメージが違いますね。オレンジの嘴が目を引きます。
夜景●
なぜこんなにも外見の違う鳥が混同されたかには諸説あります。例えば幸田露伴「音幻論」ではミヤコドリは「都鳥」ではなく「ミャーと啼く小鳥」すなわちウミネコだったとあるらしいのですが、ウミネコは嘴と脚が赤じゃなく黄色ですから、これは露伴の思いつきですね。
あと伊勢物語の「東下り」は「黒き」と書くべきところを「白き」と間違っただけで、あれは本当のミヤコドリだったのだと考える学者もいます。でも、ミヤコドリは魚食ではないので、この考えは「東下り」の描写と適合しない。
と、こんなふうにどの説も論拠が不十分なんです。もうひとつ付け加えれば、「東下り」の都鳥は「京には見えぬ鳥なれば〜」と描写されていますが、京都でユリカモメが初めて観察されたのは1974年。確かに平安時代の京にはいない鳥でした。わたしが大学生の頃の鴨川はユリカモメでいっぱいでしたけれど、これって本当に歴史の浅い現象なんですね。
6日目
由季●
アオアシカツオドリの青い足もそうですが、洒落た配色の鳥が多いですね。
夜景●
ですよね! グラフィック・デザインにするとクールで恰好良い。生で見ると「本当にこれでいいのか?」といった疑問が湧くとはいえ。
由季●
うちにこんなポストカードがありました。
夜景●
綺麗ですね。
由季●
造形的に少し奇妙なところも含めて、魅力を感じます。
7日目
夜景●
アオアシカツオドリで思い出しました。ペリカンの顔とくちばしはカツオドリより怖いです。化石みたいで。しかも口を開けた光景がよくわからないのは知る人ぞ知るところ。あまりによくわからないのでリンクは貼りません。
褐色ペリカン |
うっかりと丸呑み動画を検索してしまいました。嘴の下の袋、ずいぶん伸びるんですね。
夜景●
フランスにペリカンビール(PELFORTH)というのがあるのですが、これも一気飲みの象徴なんでしょうね。
由季●
この、ラベルのペリカンは可愛いです。意匠として使われている鳥にも目が行きますか?
夜景●
意匠より、立体の鳥派です。自分にとっての鳥の良さって、その造形なのだと思います。よく土産屋にある、流木を削って刷毛でさっと色をのせたようなのとかがいい。最近好きなのは、ディアナ・ベルトラン・エレーラというコロンビア出身の女性のつくる鳥。こんなのです。
由季●
素敵です。瞬間のかたちをよく捉えていますね。
夜景●
カモメも作っているのですが、あまり怖くない顔にしてありました。
8日目
由季●
海鳥の行動のほうはどうでしょう。びっくりした行動や、面白いエピソードはありますか。
夜景●
食べ物の話題が多いですね。以前、道でぼーっとしているカモメがいたんです。で、
由季●
飼い猫が獲物を見せに来る話はよく聞きますが、カモメがそんなことをするなんて驚きです。
夜景●
あとわたし、しょっちゅう食事の風景を観察するんですよ。一回につき30分くらいなんですけど、小さな鳥をつかまえてきて、むしって食べるんです。カモメが。
ネットでは「カモメ 丸呑み」で検索すると相当えげつない画像が見られます。でもわたしは丸呑みシーンは見たことがなくて、毎回、つつく、小鳥がぐったりする、ちょっと毟ってたべる、の三拍子。
由季●
まず、カモメが小鳥を捕まえて食べるというのが衝撃です。丸呑みも恐ろしげですが、少しずつ食べるのも、なかなかのものですね。それを30分じっと観察される夜景さんも好奇心旺盛というか……。
夜景●
うちのベランダの向かい側の屋根がカモメのレストランになっていて、獲物をくわえて飛んでくるんです。獲物は大体ハトで、つつかれるとワシのようにつばさが伸びます。ハトのつばさってこんなに長いんだ! ってくらい長くなる。
9日目
由季●
激しい食事シーンを見せたり、海岸では幼鳥の愛らしい姿も……。夜景さんにとってカモメはとても身近な鳥なのですね。
夜景●
ほんとですか? わたしはカモメのことを、すごく遠く感じていますよ。向こうはそんなことないのかな?
由季●
夜景さんのお話の、カモメの描写がとても生き生きしているし、ブログや文章でもたびたびカモメの話題があるので、近しく感じられているのかと思ってしまったんです。でも、そうではないんですね。カモメの方は遠慮無しのようですが。
夜景●
なんでしょう、この遠さは。自分がカモメにはなれないからなのかしら?
由季●
カモメに憧れる気持ちはありますか? 『フラワーズ・カンフー』に「跋(おくがき)やいまもカモメの暮らし向き」という作品がありますね。
夜景●
憧れます。カモメ派。クラゲになるのも、しあわせっぽくて良さそうですけど、海の中って、正直どうなんだろうと。
由季●
カモメの生活のどんなところに惹かれるのでしょう?
夜景●
えーと、見た目です。せっかく鳥になるのだったら、オロロン鳥は、ちがうかな、と。自分とは違う、かっこいいものになりたい。
由季●
あ、生活とかではなく、異質なビジュアルへの憧れなのですね。「愛嬌」よりは「かっこいい」。
夜景●
はい。だって、人間って、すでにオロロン鳥に似てません? 自分に似ているものになりたいというのはどうかな? と思って。
由季さんは、犬になりたいと思ったことってありますか?
あまり考えたことなかったのですが、自分の性格的に、飼い犬になっても窮屈だとも思わず、環境に順応しそうな気がします。我が家の犬は気楽そうです。
10日目
夜景●
今日、ベランダにこんなの落ちてました。
由季●
綺麗な羽根ですね。落とし主に心当たりはありますか。
夜景●
ジュズカケバト。淡灰色と白色とがいて、白いのは銀鳩とも言います。手品で見るあのハトです。もっちもっち、もっふもっふで、にぎると小さくなる。
毎日こどもたちが遊びにきます。野生の鳥にエサをやったりはしないのですけど、それでも来るんですね。
11日目
夜景●
海にいる鳥でいちばん森っぽいのって、タイリクハクセキレイではないかな、と思うんですよ。顔つきが「安全」でしょう?
タイリクハクセキレイ |
本当ですね。「きょとん」とした顔で、警戒心がなさそう。こちらでよく見かけるセキレイと似ていますが、顔がちょっと違うみたいです。近くにいるのは、顔に黒い線があるんです。この「タイリクハクセキレイ」の方が、鋭さがないのでもっと「森っぽい」と思います。
夜景●
この鳥、以前住んでいたノルマンディーにたくさんいたんです。丸くて黒白のツートーンだから、マルカササギと呼んでいました。家で。
由季●
家族だけに通じる言葉ってありますね。
12日目
由季●
海辺で鳥を見るときに持って行くものはありますか?
夜景●
いつも手ぶらです。
由季●
バードウォッチャーは、たいてい双眼鏡やカメラを持っていますよね。手ぶらは、あえて、なんでしょうか?
夜景●
海鳥を見るのに両手がふさがってるのって、なんだか深い構図かも。向こうは空中や水中をすいすい動いてるのに、人間はえらく不自由なんだねって。
【画像元】
■wikimedia commons の「帰属表示不必要」画像:ケイマフリ
■pixaboy(https://pixabay.com/)「商用利用無料 帰属表示不必要」画像:エトピリカ、オロロン鳥、ユリカモメ、シロカツオドリ、アオアシカツオドリ、ミヤコドリ、褐色ペリカン、タイリクハクセキレイ
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