2018-06-17

俳句の自然 子規への遡行 61 橋本直

俳句の自然 子規への遡行 61

橋本 直
初出『若竹』2016年2月号 (一部改変がある)

子規は俳句分類「丙号」において、「切れ」の分類につづき、「は・ば・に・へ・と・ど・を・か・の・や・て・も」の十二字の句末の「止め」について収集、分類をしている。前回の続きとして、今回は「に」以後を検討していく。

まず、「に」止めの句は四七句収集され、「名詞」に接続するか、用言に接続するかで分けられ、さらに名詞は「春夏」と「秋冬」、用言は「動詞」と「形容詞副詞」とに分けられている。まず、「名詞」の方であるが、全部で二五句ある。特徴的なのは、上五を切れ字「や」で切って「に」で止める形の句が多く一七句ある。さらに中七を「や」で切るものが二句あり、合わせれば八割ちかくにのぼる。中でも蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」、「狐火や髑髏に雨のたまる夜に」は特に著名であろう。他に、

  鵙なくや赤子の頬を吸ふ時に  其角
  初雪や松にはなくて菊の葉に  野水
  山吹や葉に花に葉に花に葉に  太祇
  明月や蟹の歩みの目は空に  几董

などがある。この「や~に」の句法は、其角や野水の句があるように、芭蕉の時代にはあったものだが、芭蕉の発句はこの俳句分類に入っておらず、現在ある芭蕉の全句集で確認してもこの形のものは見当たらない。

次に、動詞の句は六句あるが、現行の文法上では、どれも動詞に直接接続しているものとはいえない。

  寒梅や日本の事と思ひしに  淇大
  鶯や今窓の戸を明けるのに  手鳴
  芭蕉忌やしぐるゝ中を米買ひに  春水

一句目は、直接動詞にではなく、過去の助動詞「き」の連体形「し」に「に」がつづく形であり、この形が二句ある。二句目は、動詞について連体修飾語をつくり、時間の意味になっている格助詞の「の」に接続している。この格助詞「の」に続く形が二句ある。三句目は、動詞の連用形の名詞化する用法に「に」が接続していて、この形が二句ある。ゆえに、いずれも直接動詞に付いているとは言えない。なお、「や~に」の形になっている句は六句中四句である。

次に、「形容詞副詞」の句は一六句ある。子規が「形容詞」と「副詞」をセットにしているのは、英文法からの影響かもしれない。また、句を見てゆくと活用語尾に「に」がある「形容動詞」がかなり入ってくることになるのだが、これは、形容動詞は現在の文法では一般的だが、子規の当時にはこの品詞が分けられていなかったためであると思われる。一六句の下五のみを列記すると、①「だゝくさに」②「いんぎんに」③「紅に」④「つめたさに」⑤「すべらかに」⑥「悲しきに」⑦「暖かに」⑧「うれしさに」⑨「夜深きに」⑩「山さらに」⑪「筋違に」⑫「散ルたびに」⑬「折からに」⑭「ちり〱に」⑮「出るやうに」⑯「真白に」となる。①②③⑤⑦⑩⑪⑭⑯は様子状態の意味を示すととれるので、意味用法は形容詞と同様なのだが、現行の古典文法で分けてゆくと、その活用形から形容動詞のナリ活用の連用形に分類されることになる。④⑧は形容詞の名詞化したものに原因を示す格助詞「に」が続くもの、⑥⑨は形容詞の連体形に時間を示す格助詞「に」が続くもので、いわゆる準体言の用法。⑫⑬は名詞に「に」がついたものとなる(⑬は副詞ともとれる)。このように、現行の文法で分類すると子規の分類の用語とかみ合ってこない。これは、形容動詞だけではなく、助詞助動詞を含め、当時の文法が現在と異なる概念であったからだと思われる。なお、「や~に」の形の句は一六句中八句である。

ところで、この「に」止めの句の有名句には、芭蕉の「猿を聞(きく)人捨子に秋の風いかに」(「野ざらし紀行」)もあるが、ここでは分類されていない。七部集に所収の句だから気づかないわけはなく、「甲号」の「秋風」には分類されているので、丙号の分類の折には見落としたものと思われる。

次に、「へ」止の句は、「水無月や風に吹かれに古郷へ」(鬼貫)など、方向を示す「へ」のみの二句である。

次に、「と」止の句は二五句あり、①「名詞動詞ヨリツヾク どナシ」八句、②「最終字」六句、③「ど止」十二句に下位分類される。①は、並立の格助詞「と」が八句中四句、引用やセリフにつく格助詞「と」が四句あるのが特徴的である。句は前者が「物言はず客と亭主と白菊と」(蓼太)などで、後者が「鵙鳴くや木曾殿討たれ給ひぬと」など。②は「止」の分類で「最終字」と注記するのは当たり前でおかしいのであるが、おそらくこれは下位分類のない、分類のごく初期に書いたものではないかと思う。②は、①の名詞動詞以外の語から続くものと考えるべき分類だろう。句は「大根を引たる穴やうそ〱と」(宗壽)、「鶯や藪へさす日のほつこりと」(東紅)など。③の「ど」はすべて逆接の接続助詞で、「梅が香や戸のあく音は覚えねど」(千代)など。

次に、「を止」は一九句である。強い感動、詠嘆をあらわす終助詞「ものを」がもっとも多く、九句。芭蕉の「関守の宿を水鶏にとふものを」などがある。ただ、子規はこの芭蕉句を『ゆきまるけ』から引いているのだが、これは誤伝とされる。ただしくは下五は「とはふもの」。他は、目的語となる格助詞で、倒置や対象の省略になっている「を」であり、句に「銭矢立空に三五とよぶ声を」(嵐雪)などがある。

0 comments: