2018-11-04

■2018角川俳句賞「落選展」第2室■テキスト版

2018角川俳句賞「落選展」第2室■テキスト
(*)一次予選通過作品 

5.  初々しさ 津野利行

レストランみな巻き込んで初笑
初富士の傷の如くに登山道
松明けや海のもの売る日本橋
成人の日の鼻歌に起こされて
寄合の顔ぶれ揃ふ小正月
民家まで団子屋の列初大師
妻書斎まで来てバレンタインデー
犬ふぐり目黒銀座に五番街
線香の香を残したる春手套
先輩の話に重み柳の芽
地に落ちず天に昇らずしやぼん玉
客の見る花の話を植木市
風光る路地曲がるまで見送られ
中華屋のおやじも卒業生の父
娘にも付き合ひのある春コート
口紅の初々しさよ春休
娘帰宅し春の夜の落ち着きぬ
綻びを縫ふやうにして巣組かな
山笑ふ京都タワーを真ん中んに
蝌蚪の紐子を惹き付けて寄せ付けず
しつかりと雲の形をつくる春
春深しやさしくされて泣けてくる
けふはよく道を聞かれる若葉風
銅像の姿晦ます緑夜かな
ひらひらが下着みたいな日傘かな
夏座敷ひとりに一つづつ鞄
かき氷親の財産食ひ潰す
死にたいと言つたそばから髪洗ふ
滝の音ほどの滝ではなかりけり
炎天へ指一本で履ける靴
葱盛つて息吹き返す泥鰌鍋
睡蓮や古墳は一度目を覚ます
遠花火バックミラーに開きたる
山の日の道半ばにて引き返す
ゑのこ草雨にもじやれてをりにけり
蝉ひとつ啼かせてをりぬ秋簾
焼きそばのソースの匂ひ秋祭
十六夜やゆつくり下る神楽坂
外泊を父は認めず寝待月
投げ銭はギターケースへ小鳥来る
標本の硝子の曇る甘露かな
プレミアムフライデーにも夜業かな
家族葬済ます勤労感謝の日
マフラーをどうも寿司屋へ忘れたか
ドトールの奥に居座る十二月
点滅をさせて聖樹となりにけり
開店の準備オーバー着たるまま
忘年会危ふく首と言ひそうに
一年のインクの重み古日記
テーブルに椅子みな上げて除夜の鐘


6.  星加速 折勝家鴨(*)

木を削り鳥になるなり冬はじめ
小春日やふたりに開く自動ドア
十二月八日鸚鵡の羽振くなり
聖夜なり椅子と下がりしギタリスト
よく動く眉だけ若し聖夜劇
時雨るるやラム酒の強きロシア菓子
高音の耳憑く風邪のはじめなり
倒木を馬跨ぎけり冬あたたか
啼き声を忘れてきたるジャケツかな
年移りけり鍵束の鍵選ぶ
着膨れて今日は大声出す仕事
捨鉢に土残りけり寒波来
牛乳のコップの波紋冬深し
バス降りて走る塾の子寒昴
息白く白樺に馬繋ぎけり
傷口の治りはじめの毛布かな
丸暗記出来る身体や冬青空
裸木の名を知り少年のこころ
冬の夜や灯の突っ張りし繁華街
風冴ゆる穴の廻りの警備員
星ひとつ出て凍鶴の羽摶ちかな
雪の鹿吾より先に動きけり
夜の端に丹頂鶴の声欲す
鳥の水脈重なるバレンタインの日
鵜の群れの水面を叩く二月尽
貌長き風刺画春の来たりけり
草青む馬上に鈴の呉れし音
抱き寄せて春の来ている羽根枕
ジーンズのポケット狭し梅の花
折り込みの広告の束あたたかし
繰り返し働く肌着鳥雲に
本棚に書名静もり春の霜
貸傘の大きく開き雛の家
夕星は布告のごとし春の山
空砲は空へ片道卒業す
優劣を教えぬ鏡ライラック
行列のごつごつ曲がり春夕
吸殻の眠たそうなり春の川
ふらここや空をくすぐるほどの雲
花冷や星に近づく星加速
湯にほぐす即席スープ花曇
ジオラマに馬の四つ足春深し
アパートの空室の日や春の川
猫の仔をタオルに包み農学部
折紙の鶴傾ぎある朧かな
坐る席ひとつ空け春惜しみけり
木に社旗に風吹く五月来たりけり
覚悟かためし泰山木の花の雨
薄翅蜻蛉視線を連れて川岸へ
長き橋日傘の信者渡り来る


7.  息 江口明暗

春立つと午前零時のメール鳴る
地母神や夜通し受くる春の雨
そこはかと春の心地す小銭殖え
渦を巻く紅茶の底や三鬼の忌
春の日の運河の孤舟江戸へ行き
椿とは名乗りを上げず素浪人
入相の墓地より来たる猫の夫
うたた寝に鯛めし浮かぶ春日かな
その人の声忽ちに春の息
うららけし長谷川利行の絵はずどん
つばくらや汝は不羈の形なり
また今年往生遂げし花の塵
存分に肥えて機を待つ牡丹かな
燦燦と夏手袋や喜寿の人
青葉潮照る日に光返しけり
はつなつの生まれは少し羨まし
葉桜やさやと鳴り今日ざわと鳴り
正岡子規記念球場の熱さ哉
大坂と言わず吾にも夏の陣
暑き日や物干しの影墨太く
君よ夏のクラウドに記憶せし写真
海まではあと一キロの浜万年青
自分史に雛罌粟の揺る丘はあり
石鳥居驟雨烈しき日なりけり
粥の香に浄められたり旅の秋
曼珠沙華弥生の人も見たるかな
生き生きとゲームする子ら草の市
ヘッドフォンから囁き聴こゆ白鳥座
秋味は故郷に還り喰われけり
爽籟や蕎麦屋の酒を暮るるまで
古寺に古きもの見て稲光
麗人の芋ひと抱え買いて去る
テーブルに林檎劉生置き忘れ
青ばかりの秋天遠近法虚し
秋惜しむ新郎新婦ミラノへと
珈琲を飲み干す夜長ウェブ赫き
秋冷や静脈に沁む深呼吸
星冴えて人語なき夜の平和かな
から風や柴の親子の鼓笛隊
海鼠なぞ見たことなしと妻笑う
しんとして猫背で食らうきな粉餅
鉢の木の降ったる雪の眺めかな
雪数多に白磁微かに翳りたり
銀屏風《在ること》の不安鎮めつつ
生牡蠣の喉堕つる音秘め事や
水仙や黄泉よりそっと迎え花
谺聞く冬田のバックホウ一台
音鳴らし靴で雪割る子に戻る
あの空の彼方にラララ夢は凍て
玉子酒浮き世は凄き風の中


8.  あなた泉と云ふいつか 青本柚紀

君がため春野の薔薇にならずゐる
手のきのふ雨が霞を流しては
煮る人をこぼれて歌の金目鯛
春が光の靴下の短さの川
にもつは靴だんまりのなか虻になる
桜この昼を書いては水に散る
藤棚のあばらな椅子の日のおもて
年月の咲いて李のまはる銃
雲雀どこかにえいえんのある落日の
春落葉夜遠く見るその鼓膜
あひだの木夜に原宿さしこむ春
萵苣ゆがむ顔のかげりはをととひの
まぎれてゐる光る眼鏡の霾の
目ふたつは春の彼岸の河茫々
村は干潟の夕日おほきくよこになる
夏蝶の渚といふはしのわずり
口ごもる虹の匂ひは水草の
さつきから葉騒のままで猫がゐる
ばらの花てのひらに電波がとどく
葉桜に群れて無帽の邑の新橋
とげて羽蟻は雪のはやさに灯のほとり
濯ぐ夜のしなびて線路ぎはの部屋
スヌーピー茶けて扇風機とずつと
母たちの金魚ぼうつと濁る九九
みづおもて日時計に夕凪がくる
夏痩のこはれる岸のしろい窓
そこは翡翠空席いつまでもかがやく
ほほゑみの遠のく風の青簾
涼しさの目の奥にはしごがかかる
半袖に話の消えてゐる魚
洗はれて火の粉のくぐる牛のなか
なほざりの葉書は蛇の湖あかるい
坂の茂りのぐわりとめきしこの祭
あぢさゐの褪せて架空のこどもたち
象が来て手に香水の残るともしび
落ちてゐる絵にさるびあの身のほとり
草刈のしなへる日々の塔がある
くはへ飛ぶ鴉はうたかたの夏を
いよいよの畳に蛇がゐる夢の
朝だつた袖から瓜がおりてくる
根が羽根へゆらぐ晩夏の日のあひだ
木は一位暑さの川がたちあがる
夏草は距離ゆく球のみづたまり
濁つてゐるうたごゑの夜の梧桐の
けむりから灰がくづれて日日草
風季ほら飛魚が水に遅れる
眼のくぼむあなた泉と云ふいつか
野は汽車の花咲く苔のさよなら
さざなみ・痩せながら虹の秋は遠い




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