【歩けば異界】⑧
皆野町(みなのまち)
柴田千晶
皆野町(みなのまち)
柴田千晶
初出:『俳壇』2017年11月号「地名を歩く」
掲載にあたり一部変更したところがあります。
惹かれた地名には、いつも性や死の匂いがした。これまで訪ねた地名には遊郭跡や幽婚伝説、殺人現場があった。皆野町にはいったい何があるのか。
皆野町は、埼玉県西部、秩父盆地の一画にある。町の中央を荒川が流れ、四方を城峯山、破風山、大霧山、宝登山に囲まれ、滝があり、峠があり、牧場、独立峰蓑山、ムクゲ自然公園、駒形遺跡や金崎古墳群がある。秩父音頭発祥の町、そして、金子兜太の故郷である。町内には兜太の句碑が点在している。
十年ほど前、私は皆野町を訪ねたことがある。塚越の花祭りが旅の目的で、宿「かおる鉱泉」までのバスを待つ間の短い散策だった。兜太の実家の金子医院と、駅前の寂れた景色のみが記憶に残っている。
皆野町という地名になぜ呼ばれたのか。皆、野、みなの、皆、野ざらし。ふいにそんな言葉が浮かぶ。
皆野町にも異界への入口があった。氷雨塚と呼ばれる天神塚古墳だ。氷雨塚は宝登山の山裾、荒川の左岸にある金崎古墳群の中の一つで、金崎神社の裏手にある。こんもりとした小さな丘の内部は短冊形の横穴式石室で、この穴が龍宮へ続いているという。
もう一つの異界への入口は、蓑山の山頂にある美の山公園。「関東の吉野山」と呼ばれる桜の名所で、山頂の展望台からの秩父市街地の夜景も美しい。
その展望台付近の駐車場で「男女七人集団変死事件」は起きた。
二〇〇四年十月、青いシートの掛かったワゴン車の車内で、二十代から三十代の女性三名と男性四名が練炭自殺を図った。七人の集団自殺も衝撃的だったが、彼らがインターネットを通じて知り合った、見知らぬ他人同士であったことに心がざわついた。
ネットの自殺サイトの掲示板で、心中相手を得た七人は、東京、埼玉、青森、大阪、佐賀から集まり、皆野町へ向かった。同じ日、ほぼ同時刻に横須賀市内でも二人の女性がネット心中している。
皆野、皆、野ざらし、という言葉がまた浮かぶ。
山林で、樹海で、ビルの屋上、アパートの空室で、見知らぬ男女が心中する。現代という荒野に生きがたさを抱えて生きるものは皆、すでにもう野ざらしなのだ。私も、あなたも。
鍵束や冬の蠅死ぬ横向きに 金子兜太
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