2020-05-31

【句集を読む】ウインナーコーヒー420円 関根誠子『瑞瑞しきは』の一句 西原天気

【句集を読む】
ウインナーコーヒー420円
関根誠子瑞瑞しきは』の一句

西原天気


鬼貫忌上島珈琲にてひとり  関根誠子

上島鬼貫(1661-1738)なので、上島珈琲。なんとも安易な!

鬼貫は現在の兵庫県伊丹市の生まれ。上島珈琲は神戸に本社を置く。上島珈琲店は全国にあるが、イメージは近畿(残念ながら伊丹市にはない模様)。両者には、かすかなつながりがある。

って、そんなつながりはさして重要ではない。つまりは、安易。

ただ、ここで言っておかねばならないのは、安易は、ときとして素晴らしいということ。

鼻歌でも歌うような調子で一句、というのは大いにアリ。作るほうも読むほうも、なんだか愉快になる。それに、鼻歌には価値がなくて、朗々と歌い上げるオペラ曲は価値がある、なんてことはありません。俳句は小さいのでオペラを喩えにもってくるのは無理があるが、それはそれとして、鼻歌にもオペラにもそれぞれ価値がある。

俳句というのは、鹿爪らしく向き合うとどんどん退屈になる。俳句はナメてかかるべきだし(暴論持論)、世の中もナメてかかるべき(持論為念)。

そうした覚悟、読者の覚悟をもってすれば、締めに置かれた「ひとり」の三文字は、なかなかに颯爽として、毅然。

なお、句集『瑞瑞しきは』は、上掲のように素敵に人を喰った句の一方、

石に寄り水に遅れし落椿

といった本格(?)写生句もあれば、

爪染めて髪染めて秋の豆腐屋へ

といった婀娜っぽい句も。

ほか、気ままに引くと、

冬近し寝しなに荒らす菓子袋

大年や湯気もろともに出汁移す

春の風邪われに自愛の日々もたらす

など。あかるくすこやかな句群が愉しい句集です。


関根誠子『瑞瑞しきは』2020年3月/ふらんす堂

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