2020-11-07

11. 高梨 章 透明水彩(*)

 11.  高梨 章 透明水彩(*)

水へはひるやうに街はゆふぐれライラツク

散る花に散らない花に傘たたむ

雨が讃め風が讃へて木の芽かな

この犬をつれてのはらにはるのあめ 

その場所はこれからさらにいぬふぐり

芹をあるくきのふの雨の声がする

となりにて雨を見あげる蛙かな

摘草の指を見つめて息をして

野遊のいつぽんの木のこんなに空

とどかないひかりもあつて野の遊び

鳥交る居ても立つてもかくれても

おほ空へからだを入れて雲雀かな

墓地を出てまたあとで来る蝶の昼

ありありと泣く子をかこむ春の山

たしかに拝受しました桜蕊ふる       

雨の痕きえゆく春の柳かな     

とつぜんですが鰆を食べにいらつしやい 

春の日ははるのにほひの吸取紙

春苺きみよりはやく目がさめる

おもひ出してくるるまで桜蕊ふる

永き日やこれから足を組みかへる

蟻の〈あ〉石の〈い〉海はおほなみ

白い紙たちまち滝の記憶かな

河の音を素足であるくわるくない

ここに住むひとりのひとの皿と薔薇

のぼつたらおりる坂道ひきがへる

プラトンの(くち)にふれたる螢かな

夏の海すうつとあがる軽い鳥

積乱雲の白をください世界堂

あの坂はどこであつたか雲の峯

身体から離るることを螢かな

聞いてゐたつもりが風鈴鳴りにけり

皆さびしいところに住んで土用かな

夕立のあとのからだの弱火かな

月いでて月のひかりに箸二本

ばつたの死いちにち靴をはいてゐた

郵便局だけが明るい猫じゃらし

「きみ、ひとりなの?」リンゴの木にハシゴ

じやがいもをひとつ取つてくれないか

たれも受話器をとつてくれない柳ちる

柳ちる夜のちからの尽きるころ

月出でて谷あらはるる谷のまま

犬がのむ水の音きく枯葉かな

よろこびの犬のからだを呼ぶ枯野

とほい火事とてもしづかな内視鏡

サーカスの白い疲労や冬の月

三人のうちのひとりが蒲団敷く

あけぼのはいま鶴を死なせたばかり

帰りには左に見える返り花

木の葉まふこんな夜更けに空がある


1 comments:

折戸洋 さんのコメント...

猫に餌汝に口づけライラック 折戸洋