2021-06-06

【小津夜景✕西原天気の音楽千夜一夜】ジャンゴ・ラインハルト「I'll See You In My Dreams」

【小津夜景✕西原天気の音楽千夜一夜】
ジャンゴ・ラインハルト「I'll See You In My Dreams」

今回は『漢詩の手帖:いつかたこぶねになる日』(素粒社/2020年11月)が評判の小津夜景さんをゲストにお迎えしました。
夜景●朝の目覚まし曲というのがあります。

天気●目覚まし時計のかわり? 私も若い頃、カセットデッキにタイマーをセットして、ベートーヴェン「皇帝」やブラジルもので起きてた時期があります。

夜景●「皇帝」は血圧上がりそう。ブラジルものはね、生まれて初めて友だちの家にお泊まりした朝の目覚まし曲がスタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトのアルバムでした。朝にぴったりですよね。

天気●ボサノヴァは二度寝しちゃいそうですけどね。私は「実用的」にもう少しアップテンポのサンバっぽいのにしてましたね。

夜景●それも血圧上げる系ですね。わたしは同じものをしつこく聞く性格で、初代がセロニアス・モンク『ソロ・モンク』、2代目がボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ『ライヴ!』。いまは3代目で、ジャンゴ・ラインハルトの「I'll See You In My Dreams」。ここ10年くらい聞いてます。

 

夜景●邦題は「夢で逢いましょう」です。おめざの曲名としては変ですけど、これが聞こえてくると、毎朝、幸福な気分で起きられるんですよ。素敵な世界と、ぽかーんと出くわしたみたいに。

天気●ああ、それは幸せそう。曲名は夢だけど、「ジャンゴ」って、ロマ語で「私は目覚める」という意味だそうですから、朝にぴったりかもですね。

夜景●なるほど! ジャンゴの演奏というのは正確で、情感豊か。10代のころの大火傷で、親指、人差し指、中指の3本でギターを弾くところ、映像で見るとびっくりします。

天気●これねえ、恥ずかしながら最近知って、吃驚仰天でした。メロディだと、3本どころか、人差し指、中指の2本だけですからねえ。火傷が原因なんですね。それはいま知った。

夜景●ジャンゴのことはウディ・アレン監督の「ギター弾きの恋」で知りました。彼の相方だったステファン・グラッペリのアルバムは、それより前から聴いていたのですけれど、ふしぎとジャンゴに辿りつかなかったんです。「Minor Swing」は二人の相性が本当にいいですよね。

天気●ステファン・グラッペリは一時期よく聴きました。

夜景●グラッペリって、わたしの中ではジョナス・メカスとかぶるんです。すごく泣きが強いのに、ふしぎと乾いている。郷愁に対する冷めた距離感があるというか。亡命者の感性の、ひとつの典型なのかもしれない。

天気●洒脱な感じ。同じジャズ・バイオリンでも、米国黒人、例えばスタッフ・スミスなんかはブルージーで、すいぶんと風合いが違います。

夜景●ノルマンディーに住んでいたころ、電車に乗って、パリのシテ・ドゥ・ラ・ミュージックでやっていたジャンゴの回顧展を観に行ったことがあります。彼のことが好きすぎて。楽器がぼろっぼろでぐっときました。彼の出自はジプシーですけれど、フランスとジプシーとのかかわりについても学ぶところがありました。

天気●ヨーロッパのジャズにはジプシーの要素が混じるのでしょうね。本場アメリカとはまたすこしちがう。

夜景●ちがいますねえ。最初は戸惑いました。わたしの住んでいる町は、ミュージアムショップとかギフトショップとか、そういった観光客の多い場所で、きまってジャンゴのベストアルバムが売っているんですよ。地元の名産品みたいに。

天気●きっとフランスの誇りなのでしょう。

夜景●イヴ・モンタン、セルジュ・ゲンスブール、ジャンゴ・ラインハルトが男性部門の三大ギフト・ショップ・ミュージシャンなんです。


(最終回まで、あと804夜)

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