2021-07-11

成分表85 エプロン 上田信治

成分表85
エプロン

上田信治

(「里」2016年9月号より改稿転載)

 

ソムリエの人がしている黒いエプロンは、四角い布と紐だけという横長のふんどしのような形をしているのだけれど、身につけるときは、まず布の部分を腹に当てて、両手に持った紐を後ろで交叉させ、布で腰全体を包むように紐で締め上げ、前で結ぶ。

背中に回した右手と左手は、体の後ろで持っている紐を交換してから前に戻る。問題は、紐を持ち替える瞬間に、腹に当てていた布がずずっと下がることだ。

両手が紐を持ち替える瞬間は、空中ブランコを飛び移るようなもので、それまで身体に巻きつくように引っぱられていた布部分は、いっしゅんテンションを失ってずり下がる。紐をいくら急いで持ち替えても、布部分は下がるのだ。

自分は、下がった布をもたもたと直しつつ、これむずかしいねと言うのだけれど、エプロンの持ち主である妻は、その様子を見てゲラゲラ笑い、自分は一度もそんなことになったことがない、どうしてそんなことになるか分からない、と言うのだった。

「ソムリエエプロン、結び方」で検索すると、多くの回答がヒットするが、それは紐をプロっぽくきれいに結ぶための方法であり、自分が困っていることについて困っている人はいなかった。

その後、そのエプロンの着け方が分かった。両手を後ろに回したとき、紐を空中で受け渡すのではなく、どちらかの手の甲で、布を腰にぐっと押さえつけつつ、持ち替えればよかったのだ。空中ブランコとか思っていたのが間違いだった。そのやり方を自分で見つけたことが、ひどくおかしかったので、エプロンの持ち主にそう言ったが、まったく反応してもらえなかった。

しかし、大人が、自分でエプロンを着けられるようになるって、めちゃくちゃおかしくないですか。

そういえば、前の引越のとき、新しく買った本棚をいくつも組み立てて、手にマメができたりして大変だった。

あまりに大変なので「組み立て家具の組み立てが、苦手な男ってどう?」とツイッターでつぶやいたら、即座に女性の人から「いいと思います!」という返信が二通ほどもらえた。

「ああ、そんなつもりでは」と思って、一人でしばらく笑った。

   ペリカンのなかなか羽の畳まらぬ  京極杞陽

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