2022-05-22

田中裕明【空へゆく階段】№71 書評の見本帖・読書室 丸谷才一『山といへば川』

【空へゆく階段】№71

書評の見本帖・読書室
丸谷才一『山といへば川』

田中裕明

「晨」第49号(1992年5月)

この本の終わりに一六ページにも及ぶ著者の書評の索引が載っている。この本のほかに著者には『遊び時間』『遊び時間3』『男ごころ』というほとんど書評だけで構成されているような本があって、合計四冊の本の中の書評のリストがそれである。この索引を見ればその書評の量や取り上げられた本のジャンルの広さに驚くのだが、それよりもそれらの書評の文章としての魅力や何故これほどの書評が一人の小説家の筆から生まれたかが気になる。

しかも丸谷には朝日新聞の文藝時評をまとめた『雁のたより』(従来新聞の文藝時評は対象が雑誌中心であったのにたいして単行本中心の時評でユニーク)や、文藝春秋で山崎正和、木村尚三郎らとおこなった鼎談書評をまとめた『三人で本を読む』『かたい本やわらかい本』などという作物もあるので、先ほどのリストはさらに豊かなものになるはずである。

書評というのは過去、新聞や雑誌の記事のなかでどちらかと言えば隅に追いやられていた。批評家の営業品目の主なものは作家論であって、書評など片手間の仕事に過ぎなかった。評者の署名のないものも多かったし読者にとってはその本を買うときの参考以上のものではなかった。現在ではそうではない。新聞の書評欄はそれ自体読ませる文章があるし中身も充実している。読者の限られた(たとえば俳句雑誌のように)雑誌でも書評欄がある。これはごく最近の二十年ほどの現象であって過去はそうではなかった。日本の文明の中での書評の位置づけが変わってきている。そしてそれは丸谷才一という小説家が精力的に書評を書いてきた時代と符合しているのである。

丸谷が当代一流の書評家となった理由は三つある。ひとつはたいへんな読者家であること。自分でも小説を書く理由として「幼いころから、ぼくは本ばかり読んでゐて何もしなかった。」と書いている。本が好きで種々雑多な本を片っ端から読むことは書評家としての大事な条件である。ふたつめはかれが英文学を専攻したこと。そしてイギリスの書評に親しんだことである。イギリスの書評というのは優れた批評家が文章の藝の粋をつくすもので、日本のそれに比べて分量も多いし書評家の社会的な地位も高い。かの国の文明の一側面としての書評に親しんで日本の書評の現状に直面した結果、丸谷は日本の書評の新しいスタイルを作り出した。書評家になった理由の三つめは日本語に関する関心である。丸谷が戦後の国語改革以前のかな遣い(すなわち旧かな遣い)で文章を書いていることはよく知られている。日本語論も二冊ほど著作があるし、『文章読本』という本もものしている。言葉と文体に関する関心が書評を印象批評から言葉の正しい意味での批評に変貌させた。本の中に書かれている言葉について批評せずに本を批評しようとするのは無謀なことだ。以上の三つの理由がうまい具合にはたらいて幸運にもわれわれは、とてつもなく魅力的な書評を書く小説家を得た。かつて丸谷が書いた言葉を借りて言えば、日本の書評の形勢は大きく改まったのである。

人間の楽しみのうちには幾つもの種類があって、そのなかに書評を読む楽しみがある。本を読む楽しみと書評を読む楽しみとどう違うかと言えば、書評は本そのものを読む楽しみを先にとっているということである。だから書評は本を読む楽しみを奪うことなしに、その楽しみを予感させなければならない。言葉と文体が上質であることを求められるのは書評のほうかもしれない。その点で丸谷の書評は安心して楽しむことができる。

彼の書評は警句を意識して避けるところがある。精緻な分析や論理的な展開とは、アフォリズムはあいいれないとでも思っているようだ。しかしそのなかにすこしサビをきかしたような台詞があって、そういう警句の響きを楽しむことができる。たとえば「吉田は、まだ語られていない、しかし彼にはよくわかってゐる発見を、筋道の通るきれいな言ひまはしで説明することができる批評家なのである。」(吉田秀和『このディスクがいい』の書評)。また「現代は神話によって裏打ちされてゐるし、小唄は箴言を兼ねる。そして自己紹介のための一枚の名詞は、実は詩人といふ種族一般のためのものとなるだろう。」(大岡信『草府にて』書評)。こういう生きのいい台詞を聞くと丸谷の文学系譜上の先輩格にあたる佐藤春夫の文体を思い出す。そしてそれはたいへん楽しいことである。

また丸谷は俳句の本の書評もしている。これは日本の古典文学への興味の延長線上にあるものだが、この本の中にも稲畑汀子編『ホトトギス新歳時記』、加藤楸邨『怒濤』、森澄雄『四遠』、柴田宵曲『古句を観る』などの書評がおさめられている。いずれも現代俳句の特質を頭において、しかも和歌俳諧からの文学史の筋みちを踏みはずすことのない批評の藝がみられる。しかし当然のことながら現代俳句よりは古俳諧の世界に興味が傾くので、どちらかといえばそちらに身を寄せた書きぶりになる。それはそれで正統的なのだが現代俳句の幾つもある美点をある一面からだけ見ているようなかんじもする。たとえば森澄雄句集からは「富士の丈けふ伸びてをり枯葎」「顔長きことが長者よとろろ汁」「なかなかに水の暮れざる光琳忌」などの句をあげて古俳諧との親近を論じているが「紅梅を見てゐて息をしづかにす」「目ひらきて櫻吹雪の中にをり」などのおのが身に引きつけた作品の魅力についても語ってもらいたかった。

この本の書評ばかりおさめた第二部には、「書評の練習」という見出しが付けられている。練習というよりもこれは書評のお手本を並べた見本帖のような趣である。あとがきに『山といへば川』という書名が「まさしくわたしの生涯の要約になってますね。六十有余年、この調子で生きて来た。」とあるが、まだまだ要約せずにお手本を示してほしいものです。



丸谷才一『山といへば川』マガジンハウス/1991年12月



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