2022-07-31

寺沢かの【句集を読む】 言葉の持つ韻律やイメージでできた穴(言葉のシルエット)を、そこにある事象がぴたっとフィットして通過し、楓子さんに取り込まれる瞬間 小川楓子句集『ことり』を読む

【句集を読む】
言葉の持つ韻律やイメージでできた穴(言葉のシルエット)を、そこにある事象がぴたっとフィットして通過し、楓子さんに取り込まれる瞬間
小川楓子句集『ことり』を読む

寺沢かの


楓子さんのことは、私が俳句を始めた最初の頃から認識していました。若手の句集によく入集されてていたからです。楓子さんの作品はどれもあの頃の私が知っている俳句とはかけ離れていて、「なんか素敵なんだけど、うまくわかることができなさそうだな〜」「この素敵さをうまく言い表すことすらできなさそうだなあ~私には」……などと思っていました。

黒岩徳将さんのご紹介で楓子さんと一緒に句会をするようになりましたが、やっぱりどうしてこんな言葉が出てくるんだろうと毎回不思議で。でも、吟行で私の姿を詠み込んでくださった「水鳥のまへでゆで卵をむいて」を読んだとき、自分にとっては一つポイントを通過した感じがありました。「あれ? もしかして、どれも実景なのかな?」と思わされたのです。

特に韻律にこだわって句作されているのが楓子さんの特徴だと思っているのですが、それはべつに韻律が先立っているわけではなく、実景の中から言葉そのものが持つ韻律のフィルターを通過したときに、楓子さんの句ができあがるのではないか……? という感じがするのです。

概念ぽい言い方になってしまいますが、私の勝手なイメージだと、細胞壁をイオンが通過して行く時のチャネルといいますか……。ウイルスを人間の細胞の受容体が取り込む感じと言いますか……。もしくは、知育玩具の、いろんな形に空いた穴に、いろんな形のブロックを通していく遊びといいますか。

言葉の持つ韻律やイメージでできた穴(言葉のシルエット)を、そこにある事象がぴたっとフィットして通過し、楓子さんに取り込まれる瞬間に、俳句になるのではないか。

■韻律のシルエットが事象を結びつける

とくに子音のみじかい繰り返しや、母音のゆるやかに似通ったつながりなど、ちょっとラップのような気持ちよさ。

内気ですきちきちは鋭角にとぶ  小川楓子(以下同)

chiki kichi kichi。

素足ですし羊歯類の王ですわたし

uai ui ia uaai。d音とs音の繰り返し。

水鳥のまへでゆで卵をむいて

も、aee ueaa のゆるい母音のつながりとd音の繰り返しが絶妙に韻律を作っている感じがします。

あと、鳥の前で茹で卵を剝いてる奴、若干残酷ですね。

■イメージのシルエットが事象を結びつける

くちのなかほんのり塩気かも雷鳥

しょっぱい感じと、塩がふられてそうな雪の中のまだらもようの雷鳥

霜ふればイングリッシュマフィンを割つて

さりさりと降りた霜と、ぽろぽろの白い小麦がふきでているマフィン

そういう、私の中で感じ取っている「楓子俳句のメカニズム」みたいなものが漠然とあったので、先日の読書会で「言葉派」というような言葉を聞いたときに「いやそういうことじゃないんだよな……」という感じがしました。事象があろうがなかろうが、多分楓子さんの中で実景として存在したものが句になっている印象を抱いているからです(そもそも「言葉派」というのがなんなのかはよくわかっていないんですけれども……)。

事象があろうがなかろうが実景(冷静になると矛盾した言い回しですが……)なんじゃないかな、と思ったときに「これはどういう実景なんだろう」とイメージするのがとても楽しくなって、最初の頃感じていた「なんかわからないんだよな〜」という印象が消えていったので……。

詳しくもないのにこういうことを言うのはどうかとも思うのですが、どんな俳句にしろ「意味派」「言葉派」みたいなラベリングをするのって、私の印象ではちょっと勿体無いのではないかと思います。作者の中でどんなつながりがこの句を作ったのかを、句作者も読み手に投げ出しているし、読み手がどんな受け取り方をするのも自由なのって、全ての俳句に共通だと思う。タイプ分けしないほうが、読み手はどうやってキャッチするかも自由に楽しめるじゃないかと。

言葉と意味とどっちが先行するか、とかじゃなくて、音も意味もイメージも全てがからまりあっているのが言葉じゃないかなと……思ったりします。

もちろん「なんかわからないんだよな〜」が消えていったとはいえ、「あれもこれもわかる!!」ってことには決してなっていなくて、あいかわらずこの素敵さをなんと言ったらいいかわからなかったりします。成長してない……!

でも楓子さんの放った言葉が、私の持っている受容体にカチッとはまってとりこまれる瞬間がもっともっとくる気がする(勝手にはめて勝手に納得しているのに近いですが……!)ので、これからもこの「ことり」という素敵な句集をゆっくり何年も読んでいきたいと思っています。

というわけで、以下に特にすきな句たちを挙げて、さらに勝手なことを申し上げていきながら終わりとさせていただきます。

くちのなかほんのり塩気かも雷鳥

雷鳥って舐めたらしょっぱそうな気がします。表面に塩の粒々がついてそう。

泣きがほのあたまの重さ天の川

頭が膨張して天の川の重さを感じる感じわかる気がします。

眠たげなこゑに生まれて鱈スープ

「たらすーぷ」という言葉がもう眠たげな感じ。鱈スープ、と注文したその声が眠たげで、眠たげな声で眠たげな音が吐かれる瞬間。こんなに眠たげなことってあるか? 今からご飯なんですけど、みたいな感じ。実際眠たいかどうかはわからなくても。

夏霧の馬車はかなしみを乗せない

「ブラッドハーレーの馬車」という漫画で主人公がとてもひどい目に遭うのに胸を悪くし、しばらくして捨ててしまって、内容を覚えてないくらい嫌な気持ちになったことを思い出しました。綺麗というかエモーショナルな絵の記憶だけが残ってます。

チューリップランプ乳色二月来る

私の気になって仕方ない二月の句です。

月名を詠み込んだ句は二月シリーズの三句しかなかったように記憶してます(見落としてたらごめんなさい)。どうして二月なのだろう…というお話を楓子さんから聞くことができてよかったです(ある方に、「あなた二月みたいな人ね」と言われたことがあるそうです)。

たしかに楓子さんは二月って感じかもしれません。

実桜やときについばむやうに話して

かるがもの目がちひさくてこぼれない

わらへつて言ふから泣いちやへががんぼ

こちら上記三句ともおそらく楓子さんの特に代表的な有名句なんじゃないかなと思うんですが、やっぱり素敵だと思います。実桜を見ても鴨を見てもががんぼを見ても思い出してしまう。

芋虫やぼくらの靴がよく鳴つて

この「ぼくら」は「わたしたち」という意味ではないような気がします。「わたし」の靴が良く鳴るような状態の時、小さな芋虫を詠嘆すると思えなくて、どちらかというと「わたし」は草につく芋虫を見ているのだけど、その横を「ぼくら」の靴が駆け抜けて行くような感覚があります。柔らかい芋虫のそばを駆け抜けて行くぼくらの靴の勢いにどこか危うさがあって好き。多分ぼくらの靴は「瞬足」だと思います。(今の子も瞬足履いてるのかな?)

にんじんサラダわたし奥様ぢゃないぞ

「まだ同棲してるだけで結婚してないのに、なんだか既に妻?みたいにおもってません?にんじんサラダ、お好きですから準備しますけれども。あなたが私に準備してくれてもよくないですか?」みたいな感じもするし、「奥様、こちらのにんじんサラダをどうぞ、と今差し出されましたけれども。そりゃ奥様みたいに見えたかもしれませんけど、別に奥様じゃないんですけども。ここにこうして座ってる人が「奥様」じゃないことたくさんあると思いますけど、あなたどうしてるんですか?」みたいな感じもする。

秋思かがやくストローを噛みながら

プラスチックのストローは確かに光に輝いているけど、その光はプラスチックの乳化したような半透明な白や、噛み跡の白く軋んだ歪みに乱反射して鈍い輝き。その鈍さが秋思なのかも。

霜ふればイングリッシュマフィンを割つて

個人的に《くちのなかほんのり塩気かも雷鳥》と近い感じがします。イングリッシュマフィンの表面の粉がつぶつぶしてる感じと霜が概念の中で響き合ってる感じ。楓子さんの句は音韻で型抜きされるものとかたちで型抜きされるものがあるように感じます。

後ろ脚騒がしくない蜂まん丸

この写生すごくすきで、過去に見た後ろ足を忙しなく動かしているスリムな蜂(体がスリムなのかもしれないし、足につけた花粉団子がまだ大きく丸くなってないのかも)と、今目の前にいるまんまるな蜂(体か、花粉団子か)を比べてるのが面白いなあと勝手に思っています。

色鳥来さてもみじかいスカートだな

「さても〜だな」のいたずらっぽい言い回しがすてきでずるい。できない。こんなのできないですよ。

水鳥のまへでゆで卵を剝いて

私を描写した句がこの記念すべき句集に載っているなんて……(感涙)。まぬけな食べ姿だったはずですが……笑。

水槽の穴子女子校男子校

高校時代を寮で過ごしたことを思い出しました。コンクリート作りのおおきな寮舎、一部屋六人定員でした。水槽の穴子はきっと水槽に隠れ家として置かれたブロック塀のブロックの穴に何匹もぎゅうぎゅう入っていて、みんなこちらを見ていそう。右のブロックは女子校で左のブロックは男子校。多分。

山の日のゾウリムシつてきらつきら

山からやってきた小さきいきものが400倍に拡大されてガラス片のようにきらきら光っているのが最高で、こんなに端的にいうことであの感動をリプレイできるんだなあと……。キラキラ光りつつ繊毛をたえずなめらかにぶんまわしているゾウリムシ、きっとめちゃくちゃ生きがいい。小さな生命体のきらきらが積み重なって今の世界ができている、そう思う日。ミドリムシじゃなくてゾウリムシじゃないとダメだと思います。

つぐみ来るから燃えるつてしぐさして

つぐみ、という鳥を意識したことがほとんどないです。私の故郷は結構鳥が豊かな地域で、時鳥とか、鷦鷯とか、はやぶさとかチョウゲンボウとかフクロウとか、なぜかいる孔雀とか、そういう鳥は結構意識したことがあるんですが、つぐみはどんな鳥かよくわからない。ベリーっぽい木の実を食べてそう…みたいないいかげんなイメージ。

だから勝手に「つぐみ」を手話にしたとき「燃える」みたいな動きをするのかもしれない……なんて思ったりしましたが、たぶんそうではない。でもなんとなく象形文字みたいな感じがします。「むね燃えるたびつぐみの目」もあったし、つぐみは燃える鳥なのかも。

よく伸びる金魚の口や日はのぼり

金魚の口ってびっくりするほど伸びますよね。

かるく相づちプール帰りの愛玉子

これも大好きな句で。きっとプールの帰り道にあるあの店の愛玉子を食べようということをずっと前から画策していて、今日ついに食べるのだろう。決行日のふたりはお店の看板が見えたあたりで、ホシのアパートに乗り込む刑事の面持ちで頷き合う。今日こそはあの愛玉子を食べねば。チ・チの脚韻が気持ちいいし可愛い。楓子さん、今度一緒に愛玉子食べましょう♡

甲虫ちつちやくピース出していいし

カブトムシのツノって可愛い。「フリクリ」というアニメが昔ありまして……。宇宙の不思議なパワーで、宇宙からの侵略者と相対することになる登場人物たちが、額から精神的な武器であるギターを取り出すという描写があるのですが(わけわからないと思いますが、ごめんなさい!! わけがわからないアニメなんです……)、これが男性のアイデンティティーや男根のメタファーらしく。強いキャラのおでこからは往年の名器とよばれるかっこいいギターが現れるのですが、自分に自信のないキャラのおでこからは、ちみっちゃいカブトムシのツノの先端みたいなギターしか出てこないんです。カブトムシのツノも彼らにとっては武器であるはずなのに、ちみっちゃくてかわいい。

月にちかづくちかづけるまで行くよ

私の祖母が、死ぬ三日前くらいに見た夢の話を伯母にしたそうです。曰く、自分は宇宙の方に行きたくて月まで飛んでいくのだけど、息子が通せんぼをしていじわるをするので向こうまでいけない。仕方なく、月をぐるっと回って帰ってきた、とのことです。この句を読むとその話を思い出します。いわゆる臨死体験というやつですが。月へむかって歩いて行くようにも、祖母のように飛んでいくようにも感じる。でも楓子さんの句だから、ずっと月の方へ歩いて行くのかもしれない。

脚は蜂あちらこちらにとても律儀

これは多分「後ろ足が騒がしい方の蜂」のはず。ai ai aia iai iii と母音で踏む気持ちよさ。せわしなく騒がしそう。

バナナの斑きつと天牛が大きな夜が

カミキリムシも好きな虫で、満天の星みたいな美しい虫だなと思います。でも顎が強そうなので絶対に触れません。触覚のながながとふしがあって白い斑がてんてんと等間隔についてる感じもかっこいい。言われてみればバナナの斑みたいだし、バナナとカミキリムシは光学的に反転した状態で一致している感じがする。それが大きな夜ということか。

風の盆だな山手線とろとろまはる

富山県出身の友達がいるのですが、これすごいな〜と言ってました。「風の盆と山手線の動きをつなげてしまってるなんて」とのことで。私は風の盆の感じを知らないけれど、きっと地元の人はもっと響くものがあるんでしょうね。「だな」で、今感じてる風の盆との精神的物質的距離がうまく出ているのがやっぱりすごいなと思います。

鯛焼きや雨の端から晴れてゆく

最後のページにこの句だけがそっと出てくるのが本当に美しいと思いました。ノンブルがないのも今となっては成功してるとしか思えないです。雨の端から晴れて行く世界を詠った人は他にもいるかもしれないけど、それを鯛焼きを食みながら詠むのが楓子さんのカラーで、うつくしくてかっこよくてかわいくてちょっと残酷。結構な雨が上がって、青黒く滲んだ雲の切れ目に空が青く見えて、そのむこうから夕暮れの金色の太陽が差してきて、手元の齧られた鯛焼きがくろぐろとコントラストを成している。


最後になりますが、好き勝手で拙い感想をお読みいただきありがとうございました。この文章は、楓子さんへの個人的な感想文を元に、少しだけ直して寄稿させていただいたものです。(フリーダムな文章で驚かれたかも知れません……)

みなさんもぜひ自由な心と感じ方で「ことり」を楽しんでいただけたら嬉しいです。

( 了 )

≫版元ウェブサイト

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