ブラジル俳句留学記
〔2〕住居探しも俳句がご縁
中矢温
ブラジル留学に際して、住居(moradia)探しは最も大変なことの一つだった。しかし最終的には、俳句を通じて得た出会いが解決してくれた。今回は住居決定までの顛末を簡単に記したい。
さて、実は私は大変に記念すべき学生である。何を隠そう、私は東京大学〔*1〕からサンパウロ大学に派遣された第一号の学生なのである。公表されている資料〔*2〕によると、両大学間の交換留学協定の締結は2014年にまで遡るが、これまでの約十年の間、(少なくとも東京大学の)学生からは留学希望の申請すらなかった。東京大学にもポルトガル語の授業の開講はあり、素晴らしい先生が教鞭を執られているが、ポルトガル語は第二外国語のリスト〔*3〕にはなく必修ではないため、この現状も致し方無いのかもしれない。
しかしご存じの通りサンパウロ大学は、世界の大学ランキングでも最上位を占めるような大学で、授業の質や福利厚生など様々な点で優れているという。そんな大学に書類十数枚で在籍できるのだから、こんなに幸運なことはない。しかしまあ裏を返せば、東京大学にはサンパウロ大学への留学に関するノウハウは一切ない訳であって、住居は勿論自力で探す必要性があった。
直接サンパウロ大学に学生寮への入寮希望を打診してみた。すると、「サンパウロ大学には寮があるものの、サンパウロ大学で学位を取得する留学生や、経済的困難を抱える学生のためのものである」との回答だった。私のように数単位を取りに半年間だけ留学する学生は条件を満たさない。また、私だってn百万円の奨学金返済義務を負った学生ではあるものの、ここでいう経済的困難には該当しない。
さて、いよいよ困った。住居が決まらないと進まない手続きが多すぎるのだ。東京大学への提出書類も学生ビザもそうである。学部時代の短期留学の縁で、リオデジャネイロには知人友人が数人いたものの、まさか毎日リオデジャネイロから飛行機でサンパウロに通う訳にもいかない。最初の一週間程度はホテル生活から開始することも考えた。
しかしここで俳句の縁が生きたのである。私が翻訳を担当したポルトガル語の句集『小宇宙』(原題:Microcosmo)の担当編集者であるアナ先生にホームステイ先の紹介を相談したところ、何と彼女の素敵なアパートで暫くの間共に暮らすことをお赦しいただいたのだ。部屋は清潔で広くてWi-Fiも機能しており(←とても有難い)、また部屋にはたくさんの植物と、壁にはたくさんの文学の本がある。更に私にはベッドとデスクとクローゼットのある個室と、専用(!)のお手洗いと、すぐにお湯の出る専用(!)のシャワー室をいただいた。窓の外には背の高い椰子の木の庭が見え、臆病な犬が時々鳴いている。先生の吸う煙草は、祖父と同じ銘柄のウィンストンで、いつも懐かしい匂いがする。元々は風雨をしのげればと思って住居探しが、蓋を開けてみると、私はまた人の優しさに助けられた。
ことの始まりは、東京外国語大学時代に授業等でご指導いただいた武田千香先生(現東京外国語大学副学長)からの一通のメールであった。ブラジルの詩人マルコ・ルケッスィ氏(Marco Lucchesi, 1963-)のポルトガル語句集『小宇宙』の日本語への翻訳を担当してみないかというお誘いであった。私にとっては初の翻訳であり、また刊行されれば、初のISBN付の本ということになる。武田先生やマルコ氏自身の助けによって、2022年の夏季休暇のうちに、原稿をお渡しすることができた。
無論この世界に私よりポルトガル語能力に長けた人材はごまんといる(私のポルトガル語は常にぎりぎりの成績で、必要単位数を揃えたあとは早々に履修をやめてしまった)。また(あまり「巧い」という尺度は好きではないものの、)私より俳句が巧い人材だってごまんといる。しかし「ポルトガル語が(ある程度)できる日本語ネイティブの俳人」となると、確かに少なかろう。稀少性は最強の武器である。そして自身の好きなことや夢は、声にして方々で話しておくことが大切だと実感した。
2023年4月に刊行された素晴らしい句集『小宇宙』の販促活動はなかなかできないままブラジルに来てしまった。全30句と小さな句集なので、ここでは中矢厳選の3句を紹介したい。翻訳の方法は悩んだが、佐藤和夫氏の『HAIKUの鑑賞』(ふらんす堂、1997年)の方法を踏襲した。つまり、三行の詩句の逐語訳を三行で作成し、最後それらから翻訳者が一行の俳句を再生産するという方法である。
Altiva beleza.
Uma gata de olhos verdes
em meio às ruínas.
気高い美しさ.
緑色の眼をした猫が
廃墟のなかに.
廃屋に猫一匹やみどりの眼
→「気高い美しさ」という一行目の詩句をばっさりと省略した。何故なら「みどりの眼」という語から、廃屋の猫の「気高い美しさ」というイメージは喚起できると思ったから。
Besouro no quarto,
abro a janela: cintilam
morangos silvestres.
部屋に黄金虫,
私は窓を開ける:きらめく
野苺.
ぶんぶんを逃がすや野苺がきらきら
→「や」で切るのがよかったかをずっと悩んだので印象深い。日本語の方は少し面白がらせようとしすぎてしまったか。ポルトガル語版では最後の三行目の詩句で、窓の外の地面に実る野苺のイメージが示されていて、いい裏切りがあった。季重なりという概念に先立つ体験があるように思う。
Cruz de São Tiago.
Dentro do céu, outro céu:
o sono de um deus.
サンティアゴ十字.
空のなかに,別の空:
神の眠り.
サンティアゴ十字
空のなか別の空あり神眠る
→一行目のサンティアゴ十字の要素を落としたくなかったので、ややグレーな落としどころだが、前書きとして使った。私が「神」と聞くと天地の怒りや加護のイメージがまず浮かぶ。そうではなく、特別な場所で穏やかに眠る神に新鮮さを感じた。
こちらの赤と黒の表紙が美しい『小宇宙』はアマゾン〔*4〕等で購入可能なほか、アナ先生より約20冊の書籍版の謹呈を賜った。この20冊は日本のどの図書館・資料館・個人に寄贈されるのがいいだろうか。アイデアのある方はぜひご一報いただきたい。
〔*1〕私は学部は東京外国語大学を卒業し、大学院では東京大学に進学した。
〔*2〕東京大学海外留学情報「過去の応募状況」https://www.u-tokyo.ac.jp/adm/go-global/ja/program-list-USTEP.html(2023年8月6日アクセス)
〔*3〕東京大学の第二外国語は、中国語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、朝鮮語、スペイン語、ロシア語の全七言語。
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ポルトガル語版(日本語版の超要約です!翻訳機能等でお楽しみください。ネイティブチェックはこれからも難しいかもしれません。もはや私による私のための作文の練習かもしれません。)
Para estudar na USP, um dos grandes problemas foi procurar minha moradia. Finalmente, a conexão com haikai deu a solução.
Eu traduzi um livro Microcosmo; a seleção de haikai escrito pelo senhor Marco Lucchesi. E o livro foi publicado em abril de 2023. A editora deste livro foi a professora Ana Haddad quem mora em São Paulo. Eu dei a consulta para ajudar a procurar minha moradia. Ela deu a sugestão que eu posso morar no apartamento dela até ser costumado para o Brasil.
De verdade, a tarefa de tradução foi a sugestão feita pela professora Chika Takeda na Universidade de Estudos Estrangeiros de Tóquio. Muitas pessoas me ajudaram não só depois de chegar ao Brasil, mas também antes de visitar aqui.
Eu gostaria de apresentar três haikais do senhor Marco no artigo.
Altiva beleza.
Uma gata de olhos verdes
em meio às ruínas.
Na versão japonesa, o primeiro verso foi omitido porque as palavras “olhos verdes” já consegue evocar a imaginação de “altiva beleza”.
Besouro no quarto,
abro a janela: cintilam
morangos silvestres.
No ponto de visto da noção de haikai do Japão, este haikai tem duas temas de estação(verão), mas acho que é bom que este haikai tenha ambos de temas (“besouro” e “morangos silvestres”).
Cruz de São Tiago.
Dentro do céu, outro céu:
o sono de um deus.
Na versão japonesa, eu usei o primeiro verso como o título (no haikai não há obrigatoriedade de título.). Eu me sinto contente porque a deus dormindo sem raiva para a terra ou sem olhares para humanos.
No Amazon , poderia comprar esta tarefa linda cuja capa é arte abstrata com vermelho e preto.
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