2023-10-01

手銭誠【澤田和弥の一句】手袋に手の入りしまま落ちてゐる

【澤田和弥の一句】
手袋に手の入りしまま落ちてゐる

手銭 誠


手袋に手の入りしまま落ちてゐる  澤田和弥

「手」とは不思議なものである。同じかたちをした二つが、毎日私たちの目の前で動いている。箸を持つのは右手、茶碗を持つのは左手といった具合にそれぞれ役割を与えられている。一方で、両手をあわせてみると、右手が左手に触れている感覚と、左手が右手に触れている感覚が溶け合って、どちらがどちらを感じているかよくわからなくなったりする。考えれば考えるほど、不思議な「手」である。

さて、掲句である。澤田和弥氏の第一句集『革命前夜』より。作者が見ている「手」は少し違う。「手袋」である。それはおそらく片方の手袋で、右手であるか左手であるかは分からない。手袋は、もちろん手そのものではないが、作者には眼前の手袋の中に「手」が入っているように見えたのである。

冬の季語「手袋」は本来、寒い日に手を温めるために装着するものである。しかし掲句の手袋に、その温かさは感じられず、寒々と路面に落ちているのである。それでも、作者はその中に「手」を感じたのである。「温かさ」を感じたのである。落ちるまでは、誰かの手を温めていたそれは、その手の記憶とともにそこに落ちているのである。あるいは、すべての「残されたもの」には、それを残した主の軌跡のようなものも一緒に残されているのかもしれない。そのことに作者は気付いたのである。

今、この稿を書くために、私は久しぶりに『革命前夜』を開いている。句集の頁の中に、澤田和弥という俳人が「入りしまま」私の眼前に置かれている。この本を開けば、私はいつでも彼の体温を感じることができるのである。


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