ブラジル俳句留学記
〔9〕縦書き? 横書き?
中矢温
すっかりアナ先生のアパートに慣れたある日、私はリビング(sala)のソファーに寝そべりながら坂口安吾の『堕落論・日本文化私観 他二十二篇』(岩波文庫、2008年)を読んでいた。サンパウロ大学の友人Vからの依頼で購入・持参したものだったが、いよいよ明日がVに会って本を渡す約束の日であって、この本を読むチャンスは今夜しかなかったのだ。私は本をたくさん借りる癖に、読むのは貸出期限の前日の夜というような怠惰ぶりで、この悪癖はこちらに来ても変わっていない。
流石に一気に24篇を読み通す体力はなく、私はスマホを触りながら休憩していた。すると頭上からアナ先生の声が聞こえた。「あなたが読んでいる縦書きの本と、私にくれた横書きの本〔*〕は何が違うの?」
なるほど、難しい質問である。手元のスマホで検索しようとする私を先生は制して、「あなたの考えを教えて」と続けた。少し考えて私はこう答えた。
・文学は特に縦書きが基本。例えば俳句や短歌などの詩はクラシカルなので縦書きを好む傾向にある。
・ただしどのようにその作品や著作を読者に提示したいかによって、著者や編者は書き方を選ぶことはできる。縦書き/横書き以外の違いとして、漢字と平仮名にもそれぞれ古典的なものと現代的なものがある。これら三つの新旧を混ぜることもできるが、基本的には統一することが多い。
・重力が上から下に働いていることを考えると、縦書きは自然法則に従った美しい書き方だと思う。
多分これでは説明不足で、あまつさえ誤情報すらあるかもしれない。先生は私が説明に使った「重力」の概念を特に気に入って、フーコーの『言葉と物』の中の一節のようだと応じた。私は『言葉と物』は借りたことはあるが読めずに返したので、これについて応じることはできなかった。
それにしても私が咄嗟に「重力」なんていう上手い比喩が出来るだろうか。記憶を遡ると、「(耕論)タテ書き絶滅危惧?」(『朝日新聞』、2020年7月2日)で読んだ、歌人の井上法子氏の「上から下へ重力、雨のよう」という記事からの借用であることを思い出した。以下引用する。
私は、言葉を水のように感じることが多いのですが、タテ書きを例えるなら、それは「雨」のイメージです。雨が空から降り注ぐように、タテ書きの言葉は重力に吸い込まれるように上から下へ落ち、読むと自分の身体の芯を貫いてゆきます。その後、体の内側からじっとりと濡れていく感じに近いのです。これに対し、ヨコ書きの言葉は「川」のように感じます。言葉に浮力があり、目に飛び込んでくる。そこで意味を放ち、すぐ横に流れ去っていく感じです。同じように自分の身体を水でひたす行為ではあっても、ヨコ書きは疾走感があって、濡れるというより浴びるような感覚に近いと感じます。だからきっと、ヨコ書きのほうが相性がいい作品というのもあるのではと思います。
雨と川の比喩については井上氏が初出かどうか確認していないが、美しい比喩であることは確かだろう。ポルトガル語の能力以上に、母語である日本語での理解・思考した言葉に助けられることが多い。
ところで先日乗ったウーバー(タクシー)の運転手も、渋滞に巻き込まれてお喋りしたお兄さんも、私のことを「君は何だか頭がいいね」と言った。私の容姿と声は17~19歳で、語彙は小学生以下くらいだが、話そうとしている内容は確実に大人のそれであって、どうにも奇妙な感じがするらしい。異国ブラジルで私はさながら名探偵コナン君である。
〔*〕アナ先生へのプレゼントは、すみだ北斎美術館(編)『THE北斎冨嶽三十六景ARTBOX』(2020年)にした。
〔ポルトガル語版〕(escrevi o resumo no português)
No um dia, minha host-mother (a dona de casa) me perguntou qual é diferença entre escrever a escrita vertical e a escrita horizontal na língua japonês. Tentei a buscar no celular, mas ela me pediu de falar meu pensamento.
A escrita horizontal é prática pra mostrar dados da informação de número, tabelas e figuras. Entretanto, na obra de literatura tradicional, por exemplo tanka e haiku, prefere a escrita vertical do que a escrita horizontal. A escrita vertical é uma bela maneira de escrever de acordo com as regras da natureza, pois a gravidade funciona de cima para baixo.
A dona gostou minha explicação usando a gravidade. De verdade, esta explicação foi feita não pelo mim, mas pelo outro poeta, Noriko Inoue, no artigo do Asahi jornal.
– Eu sinto que língua como se água. Por exemplo, a escrita vertical é a chuva com gravida por mim e a escrita horizontal é o rio com flutuabilidade.
Esta explicação é bem linda. Todos as experiencias na língua japonesa me ajudam para falar no português.
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