「屋根裏バル 鱗kokera」主人・野村茶鳥さんインタビュー
東京・荻窪駅北口を降りて数分。路地に入って看板を2階に上がると、そこに俳人・俳句愛好者が集まる店「鱗kokera」があります。ご主人の茶鳥さんに、開店の経緯や現在についてお聞きしました。
Q●茶鳥さんは、俳句を始めてから、もう長いのですか?
茶鳥■
大学時代に作句を始めました。そのときの恩師が「未来図」同人で、その縁で2000年前後には「未来図」に入りましたが、まもなく退会。長いこと俳句から離れていましたが、2020年に「南風」入会、2023年には「麒麟」にも入会しました。
Q●鱗kokeraのような、俳人・俳句愛好者が集まれるような店を開こうと思いついたのは、どんなきっかけだったのですか?
茶鳥■
2022年の立春、公私ともに人生の転機が訪れ、余生の過ごし方について思案していた頃に、校正の仕事でたまたま翻訳の自己啓発本を読んだのがきっかけです。その本の「好きなこと以外は仕事にするな」という内容に触発され、句会と俳人同士の交流ができる空間としての店舗づくりを思いつきました。
Q●好きな俳句に、仕事として関わろうというわけですね。でも、その場合、別の選択肢もあるように思います。「お店」という方法に決めた理由やきっかけなどがあったのでしょうか?
茶鳥■
実は「南風」入会前から友人同士でやっている「鱗kokera句会」というのがありまして。その句会場があまり使用されていない知人の事務所で、句会の後、誰かのおうちのように寛いで、みんなで飲むのが恒例になっていたんです。
句友というのは、本名や年齢、職業を知らなくても、俳句の話から音楽、映画の話などで何時間でも語り合える。お酒や食事はその潤滑油として欠かせません。だから俳句を作る人の交流の場というと、飲み屋しか思いつかなかったんですよね。
Q●2022年立春の決心から鱗kokera開店の7月まで、たった5か月で実現したのですね?
茶鳥■
思いついたものの、開業は数年先だと思っていました。ところが、荻窪駅徒歩3分の現物件が見つかり、あまりにも理想どおりの物件だったので、資金不足にもかかわらず開店を決意したんです。
Q●資金不足は、クラウド・ファンディングで補われたとお聞きしました。
茶鳥■
クラウド・ファンディングをお願いするにあたり、たくさんの方にアドバイスを仰ぎ、何度も企画書を練り直しました。
特に荻窪近辺に住む句友数名の協力が大きかったです。人の紹介から詳細な企画書チェックまで、あたかも「鱗kokera実行委員会」のような趣でした。所属した「南風」の主宰、村上鞆彦先生もあちこちで広めてくださいました。また、谷中の「夕焼け酒場」で、伊藤伊那男先生にも御挨拶しました。
Q●伊藤伊那男さんは、俳人の集まる「銀漢亭」を長らく開いておられたので、いわば先輩ですね。
茶鳥■
私も何度か銀漢亭にお邪魔していましたし、いろんな方に「銀漢亭に代わる場を」とお声をかけられていましたので……。「とても銀漢亭のようには行きませんが、頑張らせていただきます」とお伝えしたら、やさしい笑顔で頷いてくださいました。
Q●クラファン達成の要因は何だったのでしょうか?
茶鳥■
先ほど申し上げたような皆さんのご協力以外では、SNSの反響が大きかったですね。Twitter、Facebookで、食品衛生の講習会に行った、ペンキを塗った、と開店準備の進捗状況を連日発信しながらご支援を募ったんです。結果、一度も面識のない方や、遠方の方、著名な俳人諸氏にもご支援を頂けました。
Q●そして、晴れて、2022年7月にオープン。
茶鳥■
そのまえに、プレオープンしていた6月には荻窪吟行、桜桃忌吟行を開き、オープン日は7月7日。七夕の飾り付けをして、3000円食べ放題・飲み放題にしました。開店前から、twitter(現X)やFacebook、クラウド・ファンディングでつながったメールアドレスなどで告知し、また、実際にあちこちの句会に参加して、名刺やチラシをお渡ししました。結果、オープン日には、たくさんのお客様に来ていただけました。
Q●いま、お住まいも荻窪なんですね?
茶鳥■
荻窪に引っ越したのは開店の1年ほど前。住んでみたら、角川庭園も近いし、井伏鱒二旧居はあるし、与謝野晶子終焉の地も残されている。しかも、ほどほど栄えているのに、自然もある。ふれあう人々も穏やかで教養を感じます。これまでに30回以上引っ越しをしてきたのですが、初めて「永住の地」と思える場所を見つけた感じです。
Q●開店から1年半ほどが経過して、いかがですか? 印象的な出来事など、ありましたら、教えてください。
茶鳥■
私自身は俳句界でまったく知られていない人間なのに、誌面で拝見するだけだった方々が開店当初から来てくださって、本当にありがたかったです。野口る理さんもそのおひとりで、銀座「卯波」の料理長であった今田宗男さんと一緒に遊びに来てくださいました。そのときの雑談が実を結んだのが、2022年11月24日、鈴木真砂女生誕の日に開かれた「卯波ナイト」です。当日は神野紗希さんも来てくださって、皆さん感激されていました。
Q●西村麒麟さんとの出会いも開店後だったそうですね。
茶鳥■
オープン間もない頃に、麒麟先生が突然ひとりで来店されまして。その後も通ってくださり、それが縁で「麒麟」創刊会員に加えていただきました。
Q●俳句を通じた出会いの場になっているんですね。
茶鳥■
バラバラにひとりずついらっしゃったお客様が、同じ卓を囲んで盛り上がることも多いんですよ。まえまえから会いたいと思っていた俳人に偶然会えて、感激するお客様もいらっしゃいます。某俳誌の受賞者が選考委員のベテラン俳人とお店で出会うという素晴らしい偶然もありました。また、当店で出会い、仲良くなった若い人たちが俳句同人「リブラ」を立ち上げたり。うれしい出来事は、挙げていくときりがありません。
Q●鱗kokeraではいろいろな句会やイベントが定期的に開かれていますね。
茶鳥■
どれもご縁からです。結社のご縁やいろいろなご縁。アルバイトを申し出てくれたのも、「南風」の若い会員でしたし。2人とも俳句甲子園の出場者だったので、俳句界で顔も広く、知識やアイデアも豊富で。彼らがいなかったら、この店は軌道に乗っていなかったと思います。
Q●俳句だけではなく、短歌や川柳の句会・イベントもあるのですね。
茶鳥■
短歌は、佐藤文香さんが一日店長を務めてくれたのがきっかけです。短歌界隈の方々ともご縁が結べて、現在は月に二度、歌会が開催されています。川柳句会は暮田真名さんに直接お願いしました。
Q●いま心配事は? なにかありますか?
茶鳥■
いただいたたくさんの句集や俳句関連の本が十分に活かされていないことが、いちばんの懸案です。利用者を増やして、ブックカフェとしての機能や側面も備えたいですね。
Q●これからのことで、予定やビジョン、目標は?
茶鳥■
俳句をはじめとした文化交流の拠点として、ますます多くの方々にご利用いただきたいです。「一日店主」や新しいイベントの企画も大歓迎です。また、1周年の感謝を込めて創設した鱗kokera賞は、今後も続けていくつもりです。
鱗kokeraの主役はあくまでも俳句や文芸を愛する皆さんです。店主である私は、あまり目立たず、俳人たちのたまり場にいる「親戚のおばさん」のような存在でありたい。そして、荻窪で歴史を誇る喫茶店「邪宗門」のおばあさんのように、死ぬまでこの店で働きたいと思っています。死ぬ前に、後継者も見つけるつもりです。
(聞き手:西原天気)
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