2024-02-25

「ブラジル俳句留学記」振り返り01 俳句の持つアマチュアリズム 中矢温・郡司和斗

「ブラジル俳句留学記」振り返り01
俳句の持つアマチュアリズム

中矢温・郡司和斗


『週刊俳句』にて2023年8月から26回に渡って「ブラジル俳句留学記」を連載した。今回スピンオフ回として、短歌を中心に活動されている郡司和斗さんを聞き手にお招きして、連載を無軌道に振り返った。2024年2月16日に収録した音声を元に、全三回に分けて連載する。

郡司●では早速ですが、日本に帰って来た所感はどうですか。

中矢●南半球のブラジルは夏で、北半球の日本は冬で、だから寒いなあ……と。あとは標識とか道行く人の会話とかが全部理解できて、日本語の国に戻ってきたんだなと思いました。

郡司●季節から話が始まるの、俳句って感じですね。

中矢●そうか、私やっぱり俳人かもしれないですね(笑)。で、ブラジルの出国は1月31日で、そこから一週間のポルトガル旅行を挟んで、日本に帰国したのは2月9日でした。だから、まだ時間としてはそんなに経っていないはずなんですが、もう結構「遠い感」が既にありますね。

郡司●ブラジルに対してもう「遠い感」ですか(笑)。照れるな。

中矢●今回郡司さんには連載の振り返りの聞き手をお願いしましたが、郡司さんの第一歌集『遠い感』にサインをいただくのも楽しみにしていたので、収録冒頭でちょっと差し込んでみました(笑)。

郡司●じゃあ話を戻して『週刊俳句』の「ブラジル俳句留学記」のなかで、気になった記事の話をしましょうか。

中矢●よろしくお願いします。実は今結構緊張していて、というのも連載を読んでくださっていた方で、かつ家族以外の方で、こうして面と向かってお話するのが初めてなんですよね。「ブラジル俳句留学記」の中で一本でも面白い回があったなら、嬉しいなと思います。

郡司●まずタイトルについてですが、「ブラジル留学記」 ではなく、「ブラジル俳句留学記」になっていますよね。でも実は結構俳句と関係ない記事も多いという。

中矢●それは本当にその通りで、タイトル詐欺感すらありますよね(笑)。でも、自分の中で書けなかった理由は結構明確に二つあるんですよ。まず一番大きいのは、ブラジルと俳句という制限を付けると、書けることがかなり制限される(笑)。

郡司●数あるマトリックスのなかで、ブラジルと俳句が交差することは、まあ滅多にない(笑)。

中矢●そう、本当に少ない。で、あともう一つは、私の修士論文のテーマが、ざっくり言うと「ブラジルにおける俳句文化の受容と展開」なので、新しい(学術的)発見が仮にあったとしても、『週刊俳句』に書きたい気持ちは押さえて、きちんと調べたうえで修士論文が初出となるように書きたいなという気持ちがありました。で、結果としては、郡司さんの仰る通り、あまり俳句らしいことはそんなに書けなかったんですよね。

郡司●なるほどね。個人的に留学期間中に一番記憶に残っているのは、『週刊俳句』の記事ではなくて恐縮なんだけれど、角川書店の『俳句』(2023年10月号)の「クローズアップ」に中矢さんんが寄稿した、アマチュアリズムの肯定についての短文だったんですよね。
「読み書き」
ここ二年ほど、実作活動があまりできておらず、代わって先人の俳句作品や評論を(本当に少しだが)読むようになった。読書を通じて感じたのは、俳句を書くこと自体の尊さや効能に目を向けたいということだ。加えて、俳句の持つアマチュアリズムのようなものを、卑屈ではないかたちで肯定し、実作に救われていたあの頃に戻れたらと思う。
郡司●私はこれを読んだときによいなと思ったし、岩田奎くんも『俳句』(2024年1月号)の座談会で反応していましたよね。

中矢●岩田くんが反応してくれたのは素直にとても嬉しくて、あとは南幸佑くんがX(旧ツイッター)上で同じく私の短文について反応をくれたのも嬉しかったですね。留学中にメンタルを崩して、Xのアカウントごと消してしまったんですが、消す前に知ることができてよかったです。

郡司●俳句に限らず他の詩歌ジャンルでも、「趣味やお遊びではやっていないぞ」という自意識がある人の方が多数派の印象があって、どっちかというとアマチュアリズムという言葉は批判される側にあるような気がしています。まあそれには、詩歌に興味のない人からナメられた経験とかが各人の背景にあったりするんだと思いますが。あとは表現者として暴力性を発揮していることへの自覚とか……。またそういうのとは別に、賞にまつわる政治とか歌集の発行部数とか短歌ブームに離れたところにある自己の評価とかに、かなり素直に惑わされている、悩まされている自分がいて、色々と余計な事を社会の側から考えさせられているところに、中矢さんの短文を読んだことでそこから少し救われたような気持ちになりましたね。「卑屈ではないかたちで肯定」がポイントで、かつ難しいことだなと思います。この短文を書いた頃ってどういう心境だったんですか。

中矢●メールを確認したのですが、2023年7月25日に提出して、8月1日に出国しているので、実はこの原稿は出発の直前に提出したもののようですね。出発前はとにかく多忙を極めていて、少し記憶が朧気なので、ちょっと今から思い出します……。

郡司●これからの留学の抱負的な位置づけだったのでしょうかね。

中矢●そうかもしれませんね。この短文のテーマが「ご自身が目指す俳句や、いま思うことについて自由にお記しください」というご依頼だったんですよ。で、短文には「ここ二年ほど、実作活動があまりできておらず」と書いたじゃないですか。ここ二年で私に起きた大きな変化は、コロナ禍のなか卒業論文を書いて、大学院に進学したことなんですよね。だから「代わって先人の俳句作品や評論を(本当に少しだが)読むようになった」というのは、卒業論文のテーマである、日本からブラジルに渡った移民の俳句についてであって、特に佐藤念腹という俳人に関連したものだったので、やっぱり今回の留学には接続していますね。

郡司●その日本人移民が日本語で書いた俳句やエッセイからこのアマチュアリズムという言葉が出て来たということでしょうか。

中矢●細川周平という文化人類学者が、日本人移民の俳句を始めとした文芸について研究・出版していて、この先行研究を受けて出てきた言葉かと思います。移民俳句には、賞を目指そうとか、俳句的テクニックを効かせるぞとか、先行作品への造詣の深さを見せるぞとかそういう尺度ではない世界があるんですよね。「書くことが楽しい」という素朴だけれど凄く一番大切なものがあると思うんです。句会に行けば友人たちの近況が分かって嬉しいとかも、コミュニティの力の根本のようでいいなと思います。

郡司●これを留学する直前に書いて、今留学終わって改めて読み返した訳ですが、何か思うことはありますか。

中矢●第25回の連載で書かせていただいたように、私はブラジルで砂丘句会という移民一世の方を中心とした日本語の句会に二度お邪魔したのですが、細川先生の言っていたことの一端を垣間見ることができたような気がします。あとはそうですね、日本国内にも同じように「書くことの楽しさ」に根付いた句会がきっとあるんだろうなという気持ちになりました。もう既に参加しているとも思いますし、他には例えば公民会や地域の句会とか。

郡司●社会教育的な意味合いでしょうか。

中矢●そういう側面もあるかもしれません。一句ずつの内容もまっすぐ思いを書くようなどちらかというと分かりやすい作品で、また季語や定型を所与のものとして素直にそれを活かしていくような書き方に出会えました。ここらへんの話は凄くどう表現するかいつも迷うのですが、皮肉や嫌味では全くないんです。

郡司●カルチャースクールや生涯学習という点でいえば、例えば囲碁とか将棋とか、俳句に限らない話かもしれませんね。そうなったとき、逆に俳句である意味って何でしょう。中矢さんは短文に「俳句の持つアマチュアリズム」と書いていますよね。

中矢●アマチュアリズムの反対がプロフェッショナルだと思うのですが、まずこのプロを生計に限っていうとすると、俳句活動だけで生計を立てている人って多分日本に五人くらいしかいないと思うんです。で、俳句で生計をどうやったら立てられるか、俳句がいい意味で経済を回せるようなビジネスになれるかということを考えることも多分大切なんですが、私自身の生き方としては俳句で飯を食うというそのイメージは、全く現実的ではなかった。だからといって卑屈になるのもあまりに極端で尚早だと思っていて、寧ろ肯定したいと思うんですよね。私自身を肯定するためにも。で、俳句の実作プレイヤーのほとんどが、俳句に関することではない違う手段で生計を立てているんだよなということをまず現実として受け入れたうえで、そうやって生きる人々の余力のところで回っている俳句界を、どうやって賑やかにしていけるかみたいなことを考えたいんです。

郡司●なるほど、ありがとうございました。私は結構、個人の内面的な姿の話が中心かと思いましたが、経済的なハード面の問題の方がやや強調される感じでしょうか。

中矢●個人の内面的な姿の話も勿論あって、そっちの方を先に言えばよかったですね。俳句って基本的には勝ち負けもないし、段位や資格やお免状みたいなものもないので、ある意味誰でもいつでも「私は俳人です」って名乗れちゃう。勿論賞をとるとか、代表句があるとか、句集を出すとか、選者になるとか、ある種段階はあるけれど、誰が「上手い」のか「凄い」のかも少し曖昧。そういう曖昧なところも、そして周囲からも「趣味」として軽く見られて自虐的になりそうになるときも、都度まず一旦そのアマチュアリズム性を引き受けたうえで、それを愛するとか、その現状を少しでも変えていくとか、行動に移していきたいなと思います。

郡司●なるほど、ありがとうございました。次はもう少し具体的な留学の話に移りましょうか。

中矢●はーい、お願いいたします。

~第2回に続く~

0 comments: