2024-02-11

成分表91 鬼滅 上田信治

成分表91
鬼滅 

上田信治

 (「里」2023年12月号より改稿転載)


ムンクの『叫び』も、トビー・フーパーの『悪魔のいけにえ』も、日野日出志や楳図かずおや伊藤潤二の諸作も、人を怖がらせようとする表現は、みな「お化けだぞ〜〜」であって、言葉は悪いけれど子供だましなのだと思っている。

しかし、それらが子供だましであると同時に、傑出した作品であることも間違いなく、それはたぶん、作り手からしてホンモノであるために、作品が、受け手にとっても、自己治癒と解放の儀式になりえているからだ。

自分はその症状を共有しないので、怖がらせの要素が入っているものは
苦手だけれど、ああいうものを見て、やっと息がつけるという人がいるということは分かる。

大ヒットした『鬼滅の刃』も上記の理由で敬遠してきたけれど、遅ればせで読んでみるとたいへん素晴らしいもので、単行本23巻を、立て続けに二度通読した。

『鬼滅』は怖い。

たとえば「鬼」になってしまった妹の見た目(額に青筋が走り、人を嚙まないように竹をくわえている)が、主人公の境涯の地獄を一目でわからせて怖い。

「鬼」は斬ってもめったに死なないのに、剣士たちは人間なので、普通に死んだり身体が損傷したりするのが怖い。

何より「鬼」が訳の分からない悪意と恨みに凝り固まっているのが怖い。

しかし作者、吾峠呼世晴は『鬼滅の刃』全巻を通じて、地獄にあっても心があたたかいこと、善くあろうとすることには、絶対の価値があるのだと主張する。

それはやはり、作者にとっての、治癒であり解放なのだと思う。

いま、遠いパレスティナの地で、この世の地獄が現出している。あるいはウクライナ戦争下でのウクライナもロシアもそうかもしれない。

そのような地獄を生み出す国家指導者(たった二人の人間だ)が、大人でリアリストかというとその正反対で、「これが現実だ〜〜」と言いながら妄想をぶちまけている幼稚極まりない者どもに見える。

SNSで、自分の姿をあげるイスラエル兵たちも、ケタケタ笑いながら「お化けだぞ〜〜」「地獄だぞ〜〜」をやっているとしか見えない。

それは子供だましの地獄的想像力から生まれた愚行である。

どうか『鬼滅の刃』という素晴らしい物語に胸を熱くした記憶がある人は、この現実世界にあのような地獄があり、あの漫画の主人公たちのような子供が「鬼」に殺され続けているのだということに、思いを馳せてほしい。正月から、こんな話で申し訳ない。

火事かしらあそこも地獄なのかしら 櫂未知子

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