2024-02-04

中矢温ブラジル俳句留学記〔26・最終回〕セーハ・ド・イタペチ句会:ブラジルにおけるポルトガル語の有季定型句会への参加レポ

ブラジル俳句留学記〔26・最終回
セーハ・ド・イタペチ句会:ブラジルにおけるポルトガル語の有季定型句会への参加レポ

中矢温


2023年11月25日。この日はサンパウロらしい不安定な曇り空で雨が降っており、気温も11℃と冷え込んで、夏らしくない寒い日だった。私は再びモジ・ダス・クルーゼスというサンパウロ郊外をひとり訪ねた。第17回のブラジル俳句留学記で取り上げたリアナ・ナカムラ氏の詩集出版イベントが行われたブックカフェ・バーの「ア・エオリカ」(A Eólica Bookbar)で、毎月ポルトガル語の句会が行なわれていると聞き付けたのだ。

この句会の名前は、「ハイカイ研究会セーハ・ド・イタペチ」(Grêmio Haicai Serra do Itapeti)。正岡子規→高浜虚子→佐藤念腹→増田恆河→テルコ・オダ→ルシア・マルティンスを一つの系譜として継いでいるとのこと。2021年11月頃から始まったらしい。

11月の兼題は「春暑し」(primavera quente)と「燕」(andorinha)の二句だった。増田恆河とテルコ・オダが編纂したポルトガル語の歳時記『キゴロジア』(kigologia)から毎回選んでいるという。

事前に句作し、持参したのは次の二句。友人ヴィニに文法のチェックをしてもらったので安心して参加できた。

Primavera quente
Pássaros regressando -
À dinossauros 
(Nodoka Nakaya作)
(和訳;恐竜に小鳥が戻る春暑し)

Andorinha
Já saiu no céu da
Casa grande
(Nodoka Nakaya作)
(和訳:燕はや大邸宅を去りにけり)

少し早めにカフェに到着したので、ポンデケージョ(チーズパン)とカフェオレをいただきながら皆さんの到着を待った。

句会を運営しているルシアさん、教師のパウラさん、弁護士等のウォルターさん、欠席投句のネトさんと私の五名から計十句の俳句が出句された。

出句の短冊はその場でルシアさんがノートの切れ端を配ってくれた。「名前は書いちゃだめよ」とのこと。ただ他の皆さんは筆記体で書いているので、私のブロック体の出句ではもはや名乗っているのも同然である。

そのまま混ぜて分けたかと思うと、清記用紙への転記はなく、そのままホッチキスで留めて配ってくれた。一緒に選句用紙代わりのルーズリーフも配られ、「特に好きな二句をここに書いて」と指示を受けた。私はひとまず全部手持ちのノートに写した。

例えばこんな俳句。(翻訳と掲載については許可済です。)
Música eletrônica – エレキテルな音楽
No fio de eletricidade 電線で
Andrinha canta 燕が歌う
(Lusia Martins作)

↑一言コメント:
親燕が歌う様子を詠っているのが興味深く感じていただいた。一行目は電線のうえで歌うことを言っているのだろうと頭では理解できたが、上手く訳出できなかった。

一通り目を通したので選句をしようとすると、ルシアさんが「では一緒に見ていきましょう」と言って、一句ずつを音読して見ていくことに。

最初の三句については「この三句は季語が入っていないので選んではいけません」とばっさり。「短い詩というなら季語はなくてもいいですが、今日は俳句の会なので、季語は必要です。季語というのは季節のテーマで……」と丁寧な説明が続いた。この会では俳句のアイデンティティの根幹として、季語は必須条件に置かれている。

私の「春暑し」の句へのコメントに差し掛かった。普段の日本語の作句では季語を必ずしも重視していない立場だが、今回は二句とも兼題を詠んで参加していたので、季語についてのフィードバックはなく、代わって定型についてコメントをいただいた。

Pri/ma/ve/ra/ quen/te →quenteのアクセントはqueにあるのでteはシラブルとして数えないので五音。
Pá/ssa/ros/ re/gre/ssan/do - →同じく行の末尾のdoはシラブルとして数えないので六音。
À/ di/no/ssau/ros →同じく行の末尾のrosはシラブルとして数えないので四音。

五七五の定型に対して、五六四の句を提出してしまった。ルシアさんから二行目のPássaros をOs pássarosにして七音に整えることを提案いただいた。ただし、定型にとらわれすぎるのもよくなく、内容がよければ多少の字余りや字足らずは許容されるとのこと。日本での句会の教えと重なるところがある。

その後選んだ句を発表し、点盛をして、選句の弁を述べてお開きとなった。私の燕の句を二人に選んでもらった。上位の二句はテルコ・オダさんに見てもらえるという。以上がポルトガル語の句会の参加レポである。全てポルトガル語で行なわれるので新鮮なのに、句会のスタイルは慣れ親しんだそれそのものでどこか懐かしく、大変楽しかった。


後日、テルコさんからの選評がルシアさんを通じて届いた。

(Lucia) Boa tarde, enviei os haicais votados pra mestra Teruko!, ela fez essa pergunta; “Andorinha/ já saiu no céu/ da Casa grande. Não entendi a poesia do texto...”
(ルシア)こんにちは、選句した俳句をテルコ先生に送りました。彼女から「燕はや/大邸宅を/去りにけり この詩のテクストがよくわかりませんでした……。」という質問がありました。

(Nodoka)(のどか) 
Okay, obrigada. Vou explicar!
はい、ありがとうございます。説明いたします。
Para mim, andorinha, sabe voar rapidamente, é um símbolo de livre.
私にとって、ツバメは素早く飛ぶことができ、自由の象徴です。
Ele já conseguiu sair no céu da Casa Grande (o dono usou escravos).
燕はすでに大邸宅(主人が奴隷を使っていた家)の空を去ることができた。
Eu escrevi esse haicai no Dia nacional da consciência Negra.
私はこの俳句を国際黒人意識デー(11月10日)に作りました。
Mas concordo com a opinião da mestre Teruko.
ですが、私はテルコ先生の意見に賛成です。
Acho que não consegui mostrar meu sentimento nesse haicai. Tão complicado.
この俳句では私の気持ちをうまく表現できなかったと思います。あまりに複雑です。

これに対するテルコさんからの返信はなかった。実はこのやり取りの前にテルコさんに別件でハイカイについて直接連絡をさせていただいこともあるのだが、返信をいただくことができなかった。関係者曰く最近は少し俳句の場から退いているとのこと。


2024年1月27日。再びブックカフェ「ア・エオリカ」を訪ね、句会に参加した。

1月の兼題は「氷菓」(sorvete)、「クリスマス」(natal)、「サトウアリ」(formiga-açucareira)の三句だった。

Tirei e apaguei
As fotos do mar
Sorvete no trem
(Nodoka Nakaya作)
(和訳:車窓より海撮りて消す氷菓食む)
↑一言コメント:
一行目の音数の数え方はこうなるらしい。Ti/rei e a/pa/guei で四音。Pagueiは最後の音にアクセントがあるので最後の音も音数に含むのだとか。ポルトガル語の音数を数えるのはかなり難しいことがよく分かった。ネイティブの感覚が必要で、かつネイティブも練習が必要のようなので、道は長く険しい……。

Até o Natal
As provas do engenheiro
Um após o outro
(Nodoka Nakaya作)
(和訳:ナタルまで試験次々工学部)

↑一言コメント:
ブラジルでは他の多くの学部が4年生のなか工学部は5年生で、留年率も高いという。入学こそできても卒業が難しいらしい。サンパウロ大学で今年耳にした実話である。
ルシアさんが一つのジョーク(ポルトガル語ではpiada)を教えてくれた。
息子:ごめん、父さん。今年も工学部を卒業できそうにないんだ……。
父:案ずるな、息子よ。
息子:どうして?
父:父さんもまだ卒業していない。

Tatuagem:
Formiga-açucareira
Andando na perna
(Nodoka Nakaya作)
(和訳:脚の詩のタトゥーを昇るサトウアリ)

↑一言コメント:
ルシアさんがこの句を褒めてくださった。「幻想や頭のなかのイメージではなく、見たものを淡々と描いているのが俳句らしくてよい」とのこと。

他の皆様の俳句は例えばこんな句があった。(翻訳と掲載については許可済)
Hora do café コーヒーブレイク
A formiga-açucareira サトウアリが
Chega, sem convite! 来た!招待していないのに
(Geraldo Neto作)

↑一言コメント:
平明な句意のなかにユーモアの光る面白い句だと思った。

1月の句会にはモジに暮らすポルトガル語俳句を始めたいという友人も誘って参加することができ、よい会となった。
彼女が着席五分で即興で詠んだ句がこちら。

Lembrança de infância 子どもの頃を思い出す
Crianças correm pela casa 子どもたちが家のなかを走り回る
Então já é Natal さあ、今日はクリスマスだ
(Marisa Hirano作)

ルシアさんに「私はこのハイカイがとっても好きなんですが、ブラジルのハイカイでも、今現在の一瞬を詠むことが基本ですか?」とお尋ねしたところ、「イマ・ココ・現在は基本だけれど、例えばこのハイカイの場合は、現在の景色が過去を呼び覚ましているから、思い出=よくない俳句という訳では決してないの」という返答をいただいた。

ルシアさんは続けて、「マリサにとってはSekidai(席題)になったね」と言った。私は続けて「席題はすぐに詠まねばならず、俳諧の遊戯的な側面をよく表していると思う」と言った。口からでまかせの適当なことを言ってしまったかも……と後からちょっと後悔した。

ところで、ブラジルの全ての句会や俳人がこの「日本的」なスタイルという訳でもないはずだ。また季語という概念を重視しない俳人たちの存在も句集も多数確認している。ブラジルの俳句文化は多様である。統計も何も手元にないが、ブラジルでも季語や定型にこだわらない俳人たちの方が多数という肌感覚でいる。ただし、こだわらない彼らの句会スタイルは一つも確認できていない。句会や合評というスタイル自体が、「座の文芸」というか「日本的」だと思うので、季語や定型を意識せず、日本の「伝統」派でないブラジルの詩人たちが、句会をしているとはあまり思えないような気もする。そうなると、自分で作った俳句を自分で選んで一冊の句集に纏めているということになるが、どうなのだろう。謎のままでは修士論文の研究にならないので、また別途考えたい。

ところで留学を通じて一番数をこなしたのは自己紹介である。元々は「何をいえばいいか分からない」という自意識が原因で、自己紹介が苦手だった。ただ留学先では、何せ会う人全員が初めましてなので、自己紹介は避けて通れない。最近はコツも掴んできて、二つほど実践しているのでお伝えしたい。両方当然のことかもしれないが、私は留学に来てから初めて知ったことである。

一つ目は、挨拶したい人と知人の人がいるなら、その人と一緒に伺ってまずは代わりに声を掛けてもらって、あわよくば紹介までしてもらうといい。ブラジルでの関係性は、年が離れていようと何であろうと、「友だち(アミーゴ)」の一点張りで問題ないと思う。紹介が信頼の証左になるアミーゴの文化を時折実感する。

二つ目は、自己紹介を長くし過ぎないことだ。名前は絶対入れるとして、あとは短く済ませるのがといい。興味があれば相手が聞いてくれるし、それが会話になるからだ。興味がなさそうで何も聞いてくれなかったら……頑張ろう。こちらから何かを聞いてもいい。

ブラジルで私が自己紹介したのはせいぜい次の八つである。「名前」、「ブラジルの到着日」、「出発日」、「出身県」、「日本での居住地」、「ブラジルは気に入ったか」、「何故ポルトガル語の勉強を始めたのか」、「ブラジルで何をしているのか」。

最後の「ブラジルで何をしているのか」についても、「サンパウロ大学の文学部で交換留学中です」と簡潔に答えるよう心がけていた。しかし今回の句会会場のカフェの店主さんは少し違った。「文学部で何を勉強しているの?」と更に聞いてくださったのだ。ここまで聞いてくださって初めて「私はブラジルの俳句文化に興味があるんです。あ、俳句といいますのは……」と長めの説明をした。実は日本でもブラジルでも「俳句」と言ったら大抵の人を困惑させることが分かっていたので、あまり初対面の人に説明してこなかったのだ。失ったチャンスも多かったかもしれないが、小気味よいコミュニケーションのためにあまり話してこなかった。

店主さんは俳句とは何かの説明をしようとする私を遮って、「俳句?!」と驚いて、毎月ここで句会をしていることを教えてくれた。

その場で連絡先を交換し、ワッツアップ(日本でいうところのライン)のグループに招待いただき、皆さんが歓迎くださって、今回の句会に参加する運びとなったのだった。

さて、ここまで26回にわたる、俳句と関係がないことの方が多い連載「ブラジル俳句留学記」にお付き合いくださり、御礼申し上げます。俳句という文芸が、遠くて楽しい国ブラジルでも愛されていることが、どうか皆さまの心を温めますように。

2月に「ブラジル俳句留学記」を振り返るスペシャルな対談と、その書き起こしの寄稿を予定しております!『週刊俳句』で連載をすることが高校生の頃からの密かな目標だったので嬉しく思っています。ありがとうございました。

十一月句会

一月句会。ハイカイの本をプレゼントにいただいた。

ブラジルに来てからコーヒーが飲めるようになった。

簡略的な清記用紙。筆記体が書けない私の字は一発でばれてしまう。


〔ポルトガル語版〕(o resumo no português)

Participei da reunião de haicai com kigo(termo da estação) e métrica de sílabas. Essa reunião está feita cada mês no café, a Éoloca no Mogi das Cruzes em Sãp Paulo. A organizadora é Lucia Martins. A linha de alma de haicai japonês é ligada de Shiki Masaoka, Kyoshi Takahama, Nenpuku Sato, Goga H Masuda, Teruko Oda, Lucia Martins e outros participantes. Que interessante!

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