2024-02-18

小林かんな 岡田由季句集『中くらゐの町』を読む-鳥虫編- 

 【句集を読む】

岡田由季句集『中くらゐの町』を読む-鳥虫編-


小林かんな

『儒艮』第45号(2023年秋分)より転載


作者の岡田さんは野鳥を観察している。未見の方は作者ブログ「道草俳句日記」にアクセスし、どんな鳥が目撃され、どんな写真が載っているかご覧いただきたい。鳥に詳しい作者の句集に鳥はどう詠まれただろうか。ここでは、豊富な鳥見経験が生きていると思われる俳句を独断で選び、「鳥力発揮ランキング」として引くことにする。読者参加型企画なので、ご自身のランキングをご用意の上比べていただくと楽しさが倍増するはず。早速、第七位、第六位から発表していく。

一瞬に卵を隠し浮巣留守  岡田由季(以下同)
鳰の巣の卵だんだん汚れけり

生死を分ける一瞬の動きと直後の静寂の対比が印象的だ。また、孵る前の卵がだんだん汚れるという経過にも自然界の言い知れぬ厳しさが窺える。続いて、第五位、第四位。

青き鳥黒く見えゐし若葉風
鳥の巣に帰り大きく見える鳥

環境によって大きさが違って見えることには納得がいくし、危険な外と巣の中では鳥の気持ちもずいぶん違うだろう。「鳥の巣に」という始まりは波多野爽波の先行句「鳥の巣に鳥が入つてゆくところ」と共通している。「鳥」が二回繰り返されてリズムがゆったりしている点も似ている。それでいて、鳥の姿が新しく切り取られている。現場に通って観察してこその視点と思いたい。それでは、上位三位のうち、まず三位。

田水張る黒目大きな鳥のゐて

この句集に限らず、小動物を詠んだ句は取り合わせではない句が多い。黒目の鳥の句は鳥力ランキングで紹介する句のうち、唯一の取り合わせ句だ。田んぼの支度を鳥はどう見ていただろうか。田の漲る水面と鳥の黒目が響き合うようで生命力がみずみずしい。続いて、第二位はこちら。

初鴨の油の抜けしやうな顔

鳥は大変な危険を冒して渡る。弱い鳥は脱落し、落命してしまう。飲まず食わずで、休みもせず渡る鳥も多いと聞く。その渡り鳥という極限を可能にするのが「油」なのかもしれない。長旅を無事終えた初鴨は束の間安らぎを見せただろうか。

さて、一位発表の前に、観測の成果ではないようだが、私の心に刺さった偏愛の動物句を厳選三句お届けする。

蟷螂の子ら煉獄を素通りす

鳥ではなくて虫だが、煉獄を飛ばしてどちらに行ったのか。もっと深く読むべきかもしれないが、読むたびクスっと笑ってしまう。

能面は顔より小さしきりぎりす

能面はわけあって顔より小さく作られるが、その小ささを詠んだ句は既にあるかもしれない。注目は「きりぎりす」。きりぎりすつながりで「むざんやな甲の下のきりぎりす」を思い起こし、敗者や敗残以前の栄華を、あるいは翁や女性を思うこともできる。能面はしみじみと受け止めてくれそうだ。

蛞蝓の出るまでめくる神鶏たち

「出るまでめくる」という表現から賭け事を連想する。蛞蝓が出れば鶏の勝ち、出なければ蛞蝓の勝ち。共に命懸けの…と言いたいが、蛞蝓が出なくても鶏はきっと飢え死にはしない。そして、蛞蝓が出るまであきらめない。

ここで、鳥力ランキングに戻る。栄えある一位に輝いたのは

水鳥に会ふときいつも同じ靴

読み解けそうでいて、かつ不思議なこの句をそのまま味わいたい。おそらく観察に通う経験から生まれて、観察を突き抜けた境地に至っている。ごくシンプルな単語だけを使って聖性を帯びた句だと思う。

ランキングはこの辺にして、まとめると、そんな鳥がいるのか、そんなことをするのかという読んでいての驚きや意外性は集中多くない。いかにも鳥たちはそのように過ごしているのだろうと読めば頷ける。鳥の観察体験は前面には出ていないが、句集の土壌を内から豊かにしているようだ。

この句集には構成上の特徴もある。第三章にあたる「光の粒」のほぼすべての句に小動物が詠み込まれていることだ。一つの土地、動物、行事だけを詠んだ句で一冊を編んだ句集は時折目にするが、この句集では動物尽くしの「光の粒」を、動物句がちらほら潜む前後の章が囲んでいる。そうした鳥密度の濃淡も楽しく、句集の個性を作っていると思う。
以上、鳥や虫を詠んだ句という切り口で『中くらゐの町』を読んだ。





岡田由季『中くらゐの町』2023年6月/ふらんす堂



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