【野間幸恵の一句】
刹那と永遠
鈴木茂雄
うつくしい紙の音ならうらぼんえ 野間幸恵
この句は、紙の微細な音と盆の霊的な情景を結びつける、幽玄で繊細な一作である。「うつくしい紙の音」は、書物や手紙をめくる際の、かさこそと響くかすかな音を詩的にとらえ、聴覚のみならず触覚や視覚まで喚起する表現だ。この「うつくしい」という形容が、単なる音の質を超え、どこか懐かしく神聖なものへの感嘆を湛えている点が印象深い。一方、「うらぼんえ」は盂蘭盆会を指す季語であり、先祖の霊を迎え入れ、供養する夏の厳粛な時を象徴する。この季語が句に荘重な深みを付与し、日常の音に霊的な次元を重ねる。
両者が結びつくことで、紙の音は単なる物理的な現象を超え、先祖との対話や過去の記憶を呼び覚ます媒介として立ち現れる。紙の音が、盆の静寂の中で響く一瞬は、まるで霊魂のささやきや、遠い時間の反響のように感じられる。この感覚は、物質と精神、現世と幽世の交錯を暗示し、句に深い余韻をもたらす。作者は、日常のさりげない音に、盆という特別な時間の重層性を織り込み、刹那と永遠の邂逅を描き出す。
音韻の観点からも、句は巧妙である。「うつくしい」と「うらぼんえ」の「う」音の反復は、柔らかく流れるようなリズムを生み、静謐で穏やかな雰囲気を醸し出す。また、「紙の音」の「かみ」の軽やかな響きが、「うらぼんえ」の重厚な語感と対比をなし、句全体に調和と緊張感を与えている。この音の配置は、句のテーマである「繊細さ」と「厳かさ」を音声レベルで補強する。
さらに、句は日本の伝統的な美意識である「わびさび」や「幽玄」を現代的な感性で再解釈している。紙の音という日常の微細な現象に着目しつつ、それを盆の霊的な時間と結びつける発想は、俳句の伝統に根ざしながらも新鮮である。読者はこの句を通じて、祖先への思慕や、時間の積層をたどる内省的な旅へと誘われる。紙の音が過去と現在をリンクし、記憶の深層に静かに波紋を広げる。
そうじて、野間幸恵のこの句は、ささやかな音に宿る美と、盆の霊的な空気を繊細に重ね合わせた秀句と言えよう。伝統的な俳句の精神を継承しつつ、現代の読者に普遍的な情感を呼び起こす。作者の鋭い感性が、日常と非日常の境界を詩的に溶解し、読む者の心に静かな感動を残す。
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