【野間幸恵の一句】
青い小瓶
鈴木茂雄
セザンヌは青い小瓶に潜んでる 野間幸恵
野間幸恵のこの句は、ポール・セザンヌの芸術世界を巧みに凝縮した一句である。セザンヌの静物画に頻出する「青い小瓶」をモチーフに、彼の絵画の本質を象徴的にとらえ、読者に深い思索を促す。
まず、句の中心にある「青い小瓶」は、セザンヌの静物画において繰り返し描かれるモチーフである。セザンヌはリンゴや布、瓶などの日常的な事物を、独自の視点と筆触で再構築し、単なる物体を超えた構造的・色彩的な探究を行った。この句で「青い小瓶」は、セザンヌの芸術そのものを象徴する具体的な形象として機能している。青という色彩は、セザンヌの作品にしばしば見られる冷たく落ち着いた色調を想起させ、静謐ながらも深い内省を湛えた彼の絵画世界を連想させる。
「潜んでる」という動詞の選択が、この句に独特の奥行きを与えている。「潜む」は、隠れている、あるいは内に秘められた存在を示唆する。セザンヌの絵画は、表面上の美しさだけでなく、物体の本質や空間の構造を追求する姿勢に特徴がある。彼は印象派の軽やかな筆触から離れ、対象の内面的な秩序を視覚化しようとした。この「潜む」という表現は、セザンヌの芸術が単なる視覚的再現を超え、観察者の心に潜む深い思索や感覚を呼び起こす力をとらえている。また、「潜む」にはどこか神秘的で静かな緊張感があり、セザンヌの絵画が持つ抑制された情熱や集中力をも反映していると言えよう。
句の構造も注目に値する。冒頭に「セザンヌは」と人名を置くことで、画家自身が作品の中に存在しているかのような印象を与える。これは、セザンヌが自らの視点を絵画に強く投影したことを示唆している。彼の静物画は、単なる物の描写ではなく、彼自身の感覚や思考が込められた「世界の再構成」である。この句は、そのことを「青い小瓶」という具体的なイメージを通じて表現し、詩的な簡潔さでセザンヌの芸術の本質をとらえている。
さらに、俳句の五・七・五のリズムが、この句に静かで落ち着いた調子を与えている。セザンヌの絵画が持つ厳格な構成感と、抑制された中にも情感が宿る性質を、リズムがさりげなく反映している。また、「青い小瓶」という身近な対象に焦点を当てることで、セザンヌが日常の事物から普遍的な美を見出した姿勢とも共鳴する。読者はこの句を通じて、セザンヌの絵画を改めて見つめ直し、単純な物体の中に潜む複雑な美や真理に気づかされる。
ただし、この句はセザンヌの芸術全体を網羅するものではない。あくまで「青い小瓶」という一つのモチーフに焦点を当て、彼の絵画世界の一面を切り取ったものである。それでも、この限定された視点が、かえってセザンヌの深遠な芸術を凝縮して伝える効果を生んでいる。俳句の制約の中で、的確に形象を選び、詩情豊かに表現した野間幸恵の感性の確かさを示す一句である。
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