2025-10-19

鈴木茂雄【野間幸恵の一句】言葉の景色

【野間幸恵の一句】
言葉の景色

鈴木茂雄


冬の季語ひらくロシアンルーレット  野間幸恵

この句は、季語「冬」を核に据え、緊張感と詩的飛躍を巧みに融合させた野間幸恵の独創的な作品である。「冬の季語ひらく」という冒頭の表現は、冬の静謐さや荘厳さを背景に、新たな可能性の開示を暗示する。冬という季節が持つ凍てつく静けさは、読者に想像の余地を与え、句全体の基調を形成する。一方、「ロシアンルーレット」という、回転式拳銃に一発だけ弾を込め、弾倉を回転させて、交互に自分の顳顬に向けて引き金を引く「死を賭した遊び」の極端なイメージの導入は、予測不可能なスリルと生死を賭けた緊張感を一気に引き込む。この両者の対比は、静と動、抑制と激情という二項対立を鮮やかに浮かび上がらせ、読者の想像力を強く刺激する。

「冬の季語ひらく」には、俳句の伝統に根ざしつつ、それを新たな文脈で再解釈する野間の姿勢〔※〕が垣間見える。季語「冬」は、単なる季節の指標を超え、精神的な深淵や内省の象徴として機能する。対する「ロシアンルーレット」は、現代社会の不確実性や極端なリスクを象徴し、運命の不条理を突きつける。この二つの要素が交錯する瞬間、句は単なる言葉の連なりを超え、哲学的・存在論的な問いを投げかける。読者は、冬の静寂の中で引き金を引く一瞬の緊張に、人生の儚さや選択の重みを重ね合わせずにはいられない。

野間の句作には、音楽(たとえば、ビバルディの『四季』やショパンのノクターン)、文学(アラビア語の詩的響きや旧約聖書の神話性)、科学(オームの法則の厳密さやガリレオの宇宙観)といった多様な文化的参照が織り込まれることが多いが、この句においても、こうした知の交差が感じられる。「ロシアンルーレット」は、西洋のゲーム文化や冷戦期の緊張感を背景に持ち、冬の季語と組み合わせることで、東西の文化、伝統と現代の融合を試みている。この知的遊び心は、野間の句の特徴であり、読者に多角的な解釈の可能性を提供する。

さらに、句のリズムと音韻も見逃せない。「冬の季語ひらく」の八音は、ゆったりとした調べで始まり、「ロシアンルーレット」の九音で加速し、緊迫感を高める。この音の流れは、句のテーマである静から動への展開を補強し、詩的効果を一層際立たせる。全体として、本句は伝統的な俳句の枠組みを踏襲しながら、現代的感覚と知的挑戦を融合させた野間幸恵の代表作の一つと言えよう。読後に残る余韻は、冬の冷気のように静かで、かつロシアンルーレットのように鋭く脳裡に刺さる。

〔※〕「俳句を書きだして、かなり早い時期から、言葉で景色を書くのではなく、言葉の景色を書くという意識になっていった。それは言葉の関係だけに集中すると、575から異質な世界が現れたり、言葉が全く違う表情になるという、嘘のような偶然の積み重ねによります。」「俳句は季語という画鋲で止められているみたいで、全く面白くない。言葉が画鋲で止められているみたい。」

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