2026-01-18

鈴木茂雄【野間幸恵の一句】がらんと

【野間幸恵の一句】
がらんと

鈴木茂雄


鳥の巣にがらんと青い空がある  野間幸恵

「鳥の巣」は、春の訪れとともに生命の息吹を象徴する季語である。春の陽光が降り注ぐ中、木々の枝にひっそりと編まれた鳥の巣は、新たな命が生まれる場として、希望や再生のイメージを喚起する。しかし、この句が単なる春の風物詩に留まらないのは、「がらんと青い空がある」という表現に内在する独特の感覚にある。

「がらん(と)」(副詞)というオノマトペは、空間の空虚さや静けさを強調する。鳥の巣という小さな器の中に、広大で果てしない「青い空」が広がっているという対比は、極めて詩的である。この「がらん」とした空虚感は、巣の中に雛や卵が存在しないことを示唆するのかもしれない。あるいは、巣を去った鳥たちの不在を暗示し、生命の循環や別離の哀愁を静かに漂わせる。だが、同時に「青い空」は明るく澄んだ春の空を想起させ、寂しさの中にも清々しい開放感を共存させている。この二重性が、句に奥行きを与えている。

さらに、視覚的な鮮やかさもこの句の魅力である。「青い空」は春の陽気な色彩を際立たせ、読者に鮮烈なイメージを提示する。鳥の巣という小さな枠組みを通して、無限の空を見上げる視点は、日常の中でふと立ち止まり、自然の雄大さに触れる瞬間を捉えている。この句は、まるでレンズのように、微細なものから宇宙的な広がりへと視線を導く。

また、句のリズムも見事である。「鳥の巣に」「がらんと」「青い空がある」という三つのフレーズは、短いながらも緩急をつけ、余白を活かした軽やかな流れを生む。特に「がらんと」の音の響きは、句全体に軽い驚きと静けさをもたらし、読む者の心に余韻を残す。

この句は、日常のささやかな観察から、宇宙的なスケールへと飛躍する詩情を内包している。野間幸恵は、鳥の巣という身近なモチーフを通じて、生命の不在と存在、有限と無限、寂しさと希望といった対極的なテーマを巧みに織り交ぜる。読者はこの句を通じて、春の光の中でふと立ち止まり、空を見上げる瞬間を共有する。それは、自然と人間の内面が響き合う、俳句ならではの瞬間である。

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