2026-04-26

細見和之 【蒋草馬「試論」評】 壮大な構想

 壮大な構想――蒋草馬さんの「試論」について――」


細見和之


見知らぬ蒋草馬さんから不意に職場でメールが届き、自分の俳句論に論評のようなものが欲しいと言われた。私は詩を書き、詩についての批評の仕事もしているが、正直なところ俳句にははなはだ疎いのだ。蒋草馬さんの原稿を読んで、田中裕明賞という賞の存在についてはじめて知ったような無知ぶりである。もちろん、そこで引用されている俳人たちのひとりとして私は知らなかった。つまりは、小津夜景さんについても知らなかったわけである。しかし、書評でもよくあることだが、自分がまったく知らない世界についての原稿も引き受けてしまう、それが私の貧乏性というものである。知らない世界にふれることでそれを機にすこしでも自分の狭い領土を拡張しようとするのだ。

とはいえ、当然ながら、詩を書いたり批評したりしていて、俳句とまったく無縁でいることはできない。たとえば、私がこれまで親しくしていただいていたなかに、俳句関係では坪内稔典さんがいる。坪内さんは「船団の会」の代表を長いあいだ務めていて、同時に正岡子規の研究者としても知られている。坪内さんには、私が事務局をしていた小野十三郎賞の詩部門の選者をしばらくやっていただいていた(小野賞は詩部門と詩評論書部門に分かれている)。その関係で私は坪内さんに親しくしていただいていたのである。あるときには、関西空港で搭乗を待つあいだテレビの画面を何気なしに見ていると、きのう会ったばかりの坪内さんが俳句甲子園の選者として大写しになって、びっくりしたこともある。しかし、「たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ」といったよく知られた坪内さんの軽妙な俳句をどう受けとめるか、私には難しいところがあったのも事実だ。

小野賞絡みで言うと、詩部門のいちばん新しい受賞者である岡本啓さんが、海外から見ると俳句・短歌もあくまで短詩であって、日本は詩の大国と見なされる、と語っていたのも印象的だった。2011年9月に第2回東京ポエトリー・フェスティバルと第6回世界俳句協会大会が東京で合同のかたちで開催されたとき、私は夏石番矢さんに声をかけられて自作詩の朗読を行ったが、海外からの参加者ではそれぞれの言語で俳句と短歌の韻律を活かした作品を朗読するひとたちもいた。それらのひとたちの意識では、それぞれの言語で俳句なり短歌なりを詠んでいるのだった。

さらに小野賞絡みで言うと、第23回(2021年)の詩部門の受賞者、冨岡悦子さんの詩集『反暴力考』(響文社)にかかわる仕事をしていて、つぎのような一節に出会った(同書の70-71頁)。

不意に言った フユソウビ マンシンに光 受
けにけり 満身創痍の 満身ね 冬の光を 浴
びすぎて ピンクのメッキが 剥げているみた
い 新鮮な水分は どこに持っていかれたのか
しら

「フユソウビ マンシンに光 受けにけり」は明らかに俳句の音律だが、「フユソウビ」と「マンシン」をカタカナ表記にしているところは、あくまで散文詩のなかに組み込まれているがゆえに可能なことだろう。とはいえ、俳句的なものが冨岡さんのなかにきっちりと存在していて、それが活かされた作品であると思える。

おそらく小野十三郎賞という賞の存在は、やはり俳句関係者にはそれほど知られていないことだろう。しかし、詩人・小野十三郎の名前はさすがに俳句関係者によく知られているのではないかと思う。戦中から戦後にかけて小野は、短歌的抒情の否定を唱え、俳句、短歌の持つ五・七の音律を「奴隷の韻律」と悪罵して、それなりに評判を呼んだからだ。私は自分の専門としてはテオドール・アドルノを研究していて、その原点の一つにアドルノのよく知られた「アウシュヴィッツのあとで詩を書くことは、野蛮である」という言葉があるが、私はこのアドルノの言葉に匹敵する日本の知識人の言葉としては、小野のこの短歌的抒情の否定以外にないとさえ思ってきたのだった。

もちろん、アドルノが単純に詩を書くことを否定したのではないように、小野も短歌・俳句の廃絶を唱えたりしたのではなかった。あくまで批判の対象は「短歌的抒情」だった。しかし結果として、詩や小説の書き手はこの小野の批判をきちんと受けとめることがなく、むしろ小野の批判は短歌・俳句の世界に新たな刺激をあたえてきたのだった。いちばん新しい小野賞の詩評論書部門の受賞作が江畑實『創世神話「塚本邦雄」初期歌集の精神風景』(ながらみ書房)と高橋修宏『暗闇の眼玉 鈴木六林男を巡る』(ふらんす堂)だったのは、そのことの証しとも呼べる。江畑さんの著作でも高橋さんの著作でも、塚本邦雄と鈴木六林男がそれぞれ小野の批判をどう受けとめ、それをどう自作に活かしていったについての考察が大事な柱に置かれているのである。

ここまで、肝心の蒋草馬さんの論考に立ち入ってふれないままだった。私が一読した印象を率直に言うと「観念的な、あまりに観念的な」だった。私が理解したかぎりでは、初期デリダの音声中心主義・ロゴス中心主義批判と廣松渉の「こと的世界観」を俳句の世界の転機に当て嵌めて考える、それが柱になっている。そしてその転機は「オルガン」という俳句同人誌の創設期に相当する2015年から2017年に設定されている。しかもそれを、体言中心的な俳句から用言を大切にする俳句への「転倒」として考察するものである……。

一読して「観念的、あまりに観念的」と私が呟いたのは、まずはデリダの音声中心主義批判と蒋草馬さんの説こうとする俳句の転機の結びつきがよく分からないうえに、体言から用言への「転倒」を説明するのに廣松渉の哲学がどうして必要か、私には不明なところがあったからだ――蒋草馬さんの具体的な俳句の読み方には教えられるところが多かったのだが。くわえて、2015年から2017年に転機を見ようとするとき、2011年の東日本大震災がまったく関係づけられなくてよいのだろうか、という疑問も抱かずにいられなかった。

それで、しばらく時間をおいてからもう一度読み返してみた。

廣松渉の『世界の共同主観的存在構造』や『事的世界観への前哨』、さらには蒋草馬さんの引いている『もの・こと・ことば』などを、1980年代の学生時代に私もよく読んだ。廣松の哲学で言うと、まずベースにあるのは新カント派の哲学である。エルンスト・カッシーラ『実体概念と関数概念』(山本義隆訳、みすず書房)が分かりやすい。といっても内容はとても難しい。表題が分かりやすいのだ。とくに数学と物理学の発展をつうじて、実体から関数へとものの捉え方が移行した、ということである。蒋草馬さんの捉え方では、「もの」が実体に対応しているのに対して、「こと」は関数に対応していることになるだろう。廣松においては、「もの」を中心に捉えるのが近代的世界観であるのに対して「こと」を中心に捉えるのが超近代的ないし脱近代的世界観となる。

新カント派から廣松哲学の流れでは、「もの」から「こと」へは基本的には世界観、つまり世界の捉え方の歴史的な変化となる。それに対して蒋草馬さんは、そもそも事態として「こと」が一次的で、「もの」が二次的と捉えていると思う。ただし、これは新カント派から廣松哲学への流れでも同様に理解することが可能で、本来「こと」が一次的であるのに近代において「もの」が中心となってしまい、超近代・脱近代において「こと」の一次性の回復がなされる、という理解である。マルクスの思想を疎外論から物象化論への展開を強調して捉える廣松は疎外論を一貫して批判してきたが、廣松の哲学が意外と疎外論的にも見えてくるところだ。

それでも、体言から用言へという問題を指摘するうえで、廣松哲学の援用がどこまで必要か、私にはやはり疑問である。蒋草馬さんの体言/用言の理解に刺激をあたえた背景ぐらいの位置に、むしろとどめておくべきではなかったかと思う。具体的には注でふれる程度にしておく、ということである。

一方、二度目の読みのなかで、デリダの思想は俳句との関連で思わぬ問題領域を拓くことになるかもしれないという、予感というか期待が私には浮かんできた。俳句を作るひとは基本的に音数を確認しているだろうと思う。具体的に声に出す場合もあれば、声に出さずに頭のなかで数えるという場合もあるだろう。いずれにしろ、小野が「奴隷の韻律」と悪罵したものを、受け容れるにしろ拒絶するにしろ、意識せざるを得ないのではないかと思う。しかし、同時に俳句といえどもあくまで書かれた文字として存在している。つまり、聴覚的なものと視覚的なものとが俳句には必ず付き纏っていると思えるのだ。もちろん、詩でも小説でも同様なのだが、俳句の場合はとくにその程度が強いのだ。このあたりをデリダの思想で深めてゆくことはできないか。

日本語の漢字には音読みと訓読みがあるが、語呂合わせの好きなデリダからすると、この二重性は垂涎ものではなかったかと思う。書き手は、音で読むか訓で読むかを、決定不能の宙吊りにすることもできるからだ。さらには、俳句の世界ではあまり好まれないようだが、日本語では漢字にルビを振ることもできる。そのルビも日本語のカタカナ、平仮名に限らず、あらゆる言語でのルビを振ることができる。私の知り合いでは――実際には長いあいだ会っていないが――長原豊さんが論文のなかで、漢字言葉の右と左の双方に異なったルビを振ったりしていたのを覚えている。ああ、デリダ的なエクリチュールを日本語の特性を活かして書いている、と感心したものだ。

それにしても、俳句の歴史の総体を体言/用言の「転倒」で捉えようとする蒋草馬さんの構想は壮大だ。冒頭に記されている、紙媒体からインターネット空間へという変遷も、その壮大な歴史の流れのなかの、大きな転機であることは疑いがない。紙媒体に固執しがちな私たちの世代とは異なった世界がきっと拓かれてゆくことだろう。その前途多難に違いない蒋草馬さんの思考の歩みに、静かなエールを送りたい。

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