2026-04-05

西原天気【句集を読む】この世の不思議をのほほんと 西生ゆかり『パブリック』

【句集を読む】
この世の不思議をのほほんと
西生ゆかりパブリック

西原天気


のびのびと、ときにのほほんと、ときに臆面もなくしゃあしゃあと、ときに少しくアイロニー、ときにこの世の不思議を醸す。これで、句集『パブリック』のぜんぶ、ではないし、あくまで読者たる私の趣味嗜好がかいつまんだ要素ではあるけれど、列挙した味わいがこの句集の美徳・魅力の一部であることはまちがいない。

冷やし中華変なところにある柱  西生ゆかり(以下同)

チェーンではない、おそらく場末の、ひょっとしたら居抜きで、それ用に改築・改装する手間と費用を省略して回転した中華屋さん。注文をしてから店内を見渡して気づいた柱。あるいは、常連で通っていつも目にする、目にしすぎて親近感さえ湧いてしまったかもしれない。いずれにせよ、食欲や味覚とは別の方向から迫ってくる、圧倒的な(とあえて言う)存在感の柱は、本来的に未整理な世界(そこに私たちは暮らしている)の確実な一要素。

暮らしていれば、変なもの/変なことに遭遇する。これはいわゆる感動ではないけれど、感慨では、あります。こく深い感慨。

ジャージ着て近所を生きて昭和の日

アイドルは脱いで吾らは着膨れて

ジャージーなり厚着なり、カジュアルに、ラクな恰好、ラクな生き方。

永き日や買はぬベッドに身を広げ

高級家具店/舶来家具店ではなく、ニトリとかイケア(歩き疲れて休みたいという意味では後者が候補として有力)。4月に始まる新生活の準備か、ただ単に買い物の途中か。寝心地を確かめるという大義名分を自分の中に拵えて、寝そべる。この種の弛緩は、俳句の領分。ついでに言えば、「身を広げ」は何気なく巧い。

メロン来るあまり可愛くない箱で

はじめにアイロニーと申し上げたのは、このあたりの句。

とまあ、いろいろと、こちらとしても肩肘張らずリラックスして愉しめる、同時に俳句というジャンルのいちばん美味しいところを伝えてくれる句がたくさん。

これ一本吸つたら花見でもしよう

ああ、どこまでものびのびと明るく、のほほんと弛緩。この句集のように暮らしていけたらいいな、と思ったことですよ。


なお、《世界はいつもここからひらけており、ここは「私」と呼ばれている》から始まる11行の短い「あとがき」が、とても素敵。


西生ゆかり『パブリック』2025年9月/左右社

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