樋口由紀子・一句逍遙
きれいな嘘 仁平 勝
(「トイ」vol.17より転載)
赤と青混ぜるきれいな嘘になる 樋口由紀子
赤と青を混ぜると、紫になる。もっとも作者は、紫が「きれいな嘘」だといいたいわけではない。でもこの句を読んで、「きれいな嘘」というものがあるなら、それは紫の色をしているように思えてきた。
そして勝手に連想すると、次のような『万葉集』の歌が思い浮かぶ。
あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る 額田王
紫のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに吾恋ひめやも 大海人皇子
有名な掛け合いの恋歌だ。額田王は、袖を振ったりしたら野守に見られますよと言い、大海人皇子は、あなたが人妻だから恋しいのだと答えている。返歌の「紫の」は「にほへる」の枕詞で、紫草をその人の美しさに喩えたものだ。額田王の「紫野」は、「紫のにほへる」を引き出す仕掛けにほかならない。
歌にそれぞれ詞書があり、前の歌は「天皇、蒲生野に遊狩しましし時、額田王の作れる歌」(「天皇」は天智天皇)、後の歌は「皇太子の答へませる御歌」となっている。つまりこれは、遊狩のあとの歌垣で披露されたようだ。
額田王は天智天皇の妻だが、もとは大海人皇子の妻だった。大海人皇子(のちの天武天皇)は天智天皇の弟で、兄弟間の三角関係になる。そういう周知の話をネタにして、天智天皇の前でこんな恋歌を詠んでみせたわけだ。
酒の席での座興だろうが、白川静は「額田王と大海人の物語歌にしたてたのは、万葉の編者のわざであるらしい」(『初期万葉論』)という。これを「きれいな嘘」といってみたい。なかなか洒落た解釈だと思うけど、樋口さんに読んでもらえないのが悔しい。
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