樋口由紀子・一句逍遙
大丈夫じゃなかった 池田澄子
(「トイ」vol.17より転載)
まぼろしじゃないだいじょうぶじゃない 樋口由紀子
と書いた樋口由紀子さんが逝かれた。
明るいエネルギッシュな人懐こいあの人が逝った。彼女からのスマホのLINEを見ると、去年の十二月十二日、「寒くて季節の移り変わりについていけない。大人しくしています」とあって、一月二四日、風邪ひかないでね、と私が送ったあと、数通が既読にならなくなった。二月一四日の私の、「由紀子さーん」が最後。その頃、あの人は、中有に漂っていらしたのだ。
一九九六年、「豈」と「未定」の催しであったか「安井浩司を囲む会」で知り合ったと、私のメモにある。私、六〇歳。愉しく充実していた時代、大井ゆみこさんもその時に友達になった。
二〇一二年九月、「川柳トランプ」創刊記念会が大阪で開かれ、記念行事として樋口×池田の対談を依頼された。私たちは綿密に話し合いを繰り返し、その結果、対談用の台本と言ってよいものが出来た。人知れず周到に用意して対談に臨んだ、その当日、私たちは初めて話し合っているという形で、笑ったり驚いたりのお喋りをした。何を話したかは忘れてしまったけれど、そういう人だった、あの人は。例えば真面目に〈ブランコとジャングルジムの相違など〉を見定め、熱く話し合わなければならない人だった。
川柳と言えば私は〈手と足をもいだ丸太にしてかへし〉が強烈。そのような川柳を詠まなくてよい時代の有難いこと。現代の川柳は、作者が作者本人を眺めている、と言ってよいか、社会、其処の強者への批評とはやや異なるものが多い。我という一人間への批評。我を通しての人間の内面の考察を、さらりと呟く。時実新子の出現が川柳に関心を持った切っ掛けの一つだったとも話していた。世の殆どのことが大丈夫じゃなかった。自身の肉体も亦。
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