週刊俳句1000号 対談
1000号をふりかえって〔中篇〕
西原天気 × 上田信治
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■ 水位/俳壇/独立系の野良俳句
天気●「二つの水位を測る」という話で、前回は終わりました。結果はどうでしたか? 19年経ってみて。この質問はひどく性急で、野蛮ですが。
信治●やったか、やらないかという意味では、やりました。たとえば、10句作品。この人は、という人に、依頼状を出して俳句を書いてもらう、それは集中的にやりました。それこそ俳句史に名を残すような作家にも頼むし、逆に、自分と同様の(言葉は悪いですが、あえて誇りを持って言えば)「野良」の、俳壇的には位置づけ不可能な書き手にも頼む。
天気●「野良俳人」は、私がこのところ俳句の集まりに出たときに使っている肩書きです。所属がなくなっちゃったこともあって。
信治●「○壇」というものの本質は番付で序列なんで、という話もブログか『週刊俳句』で、したおぼえがあります。
天気●はい。たびたび話しました。「壇」という以上、高低差がある。
信治●そうそう。その序列から逆算された価値体系と、関係のない発注があっていい。発注すること自体が面白いし、俳句だって、私たちの誰かがいいなと思ってお願いしてるんで面白いわけです。
天気●アーカイブの「俳句作品一覧」を眺めると、一目瞭然。たとえば八田木枯、池田澄子、主要結社の主宰から、かまちよしろうまで並んでいる。秩序無視…というんじゃないな、秩序を横目でしか見ないというか、秩序軽視というか、このあたりは、個人的になんだか爽快感がありました。つまり、伝統ある紙媒体には「それにふさわしいピラミッド型」の人選で作品が並んでいる。一方、当時のインターネットには、いわば独立系、無名、さきほどの言い方なら「野良」の人々が蝟集しているような様相。『週刊俳句』は、そうした対照・二項対立に従わなかった。そこがやっていて気持ちよかったです。
信治●はい。それらすべてに、同等の価値があると言いたいわけではなくて。ここからここまで、同時にあるのが俳句の現在だと思いますよ、というプレゼンテーション。そして、そのどこからでも、優れた作品をとりあげ、楽しんでみせる、という実践ですね。
天気●ただね、旧来の秩序や権威に属する成分を取り込む、具体的にいえば、有力作家に参加してもらうのは、やはり難しかったわけです。そこは、信治さんもそうだと思うけど、ていねいにやった。「えい、やっ」ではなく、手順を踏んで、配慮もした……つもりです。
■ 筏の漂流/オルタナ/オンラインの内部と外部
信治●天気さんの言われる「秩序」との関係という意味では、初期の『週俳』で二人でやっていた「総合誌を読む」とか「年鑑を読む」。あれも、面白かった。
天気●はい。じつは、あの《『俳句年鑑2008年版』を読む》。
https://weekly-haiku.blogspot.com/2007/12/20081.html
あれが、エスタブリッシュメントとの関係という意味で分水嶺、というか、なにかぐっと変わるきっかけになったと思っているんです。対峙はしないけど、崇めたりもしませんよ、といった。ざっくりした言い方ですが。
信治●「年鑑を読む」の〈2〉の「年代別作品を読む」のパートに
天気●(…)「40代」が、なぜか、すごく困ったんですよ。なんなんだろう、これは。
信治●ぼくたちの俳句観が、何かから、大きくずれつつあるとか。
天気●あはは。筏で、沖に流されて、陸がどんどん遠くなっていくような?
信治●あるいは、筏はとまってるのに、陸のほうがどんどん流されていくw
とあって、笑いました。天気さんとぼくの共通点として、あの悪戯好きなところがあるでしょう? 二人して、俳壇的なありかたについて、茶々を入れる、あるいは再検討を試みるということをしていました。でも、それは、俳句に対する親切心でやってたような気がする。
天気●んんん、これ、自分では悪戯という気はなくて、自分と「俳壇」のズレは、ずっと、なんらかにあります。へえ、こんなのがいいの? ぜんぜんいいと思わないけど? といったズレ。ただ、言い方が悪戯というか皮肉っぽくなってしまうことがあって(これはよく言われる)、でも、これもサービス精神なんですよ、自分なりの。
信治●サービス、まさに。あるいは、親切。
天気●でね、ズレがあるから、自分の好きなものについて書いたり話したりするんだと、いま思いました。ズレがエネルギー源。ズレてなかったら、もっと黙ってると思う。みんなが「いい」と言ってるのに付け足すことはない。
信治●おもしろーいと思うと、言っておいたほうがいいと思ってしまう。そうか、でも、ぼくは意図はあったかもしれないです。『週刊俳句』が総合誌のパロディ、オルタナであることによって、シーン全体(とりあえず俳壇ですが)に対する批評が、可能になっていた、そのことを面白がってましたね。天気さんのいわれるズレを足掛かりに、もう一つの俳句の可能性の代弁をしていた、とも言えます。
天気●オルタナティヴではありますね。ただ、当初、「総合誌」の存在はあまりアタマになかったように思います。これはどこかでも話したと思うのですが、発想のきっかけは、何かのイベントの帰り、電車が一緒になった田島健一さんが「俳句のポータルサイト」が出来ないかな、と。軽い調子だったし、本人は忘れているだろうけど、それを聞いて、ポータルには興味がわかなかったけど、当時わりあい盛り上がっていたブログ(信治さんとも、ブログ記事のやりとりがきっかけだったと思います)を一箇所に集めてはどうだろうということで始めたのが『週刊俳句』。オンラインの内部の統合だったんです、もともとの発想は。だから、その時点では、オンラインの外部にある、リアルの句会とか人的交流、権威をもった俳句総合誌といったものは、あくまで「外部」であって、『週刊俳句』として強く意識してはいなかった。
信治●ぼくは『週刊俳句』誕生のすぐ前くらいに、俳句の世界は原稿料がほぼないのだから、ネットで総合誌が、つまり作品と評論を載せた雑誌形式のものが作れそうだなとは、思っていて。天気さんが『週刊俳句』を始めると聞いて、すぐ、あ、それができたんだと思いました。
天気●もう忘れたことも多いので、現時点で事情を捏造している危険性はありますが、俳壇のオルタナティブという要素を私が意識したのは、少なくとも数カ月続けたあとだったような。
信治●『週刊俳句』という、名付けが予言的だったんだと思います。
天気●ただ、ここが自分にとって重要なのですが、「インターネットの可能性」という文脈で捉えられたくなかった。当時は、そればかりでした(いまでもかな?)、『週刊俳句』が話題になるのは。あと、「インターネット俳句」とか。かんべんしてほしかった。『週刊俳句』がいちばん避けるべきは、リアルでかなわぬ俳壇とか結社とかをネット上で築くという印象をもたれてしまうこと。ネット上の俳壇ごっこ、結社ごっこ。それを避けるためでもあったと思います。リアル/既存の権威というとアレだけど、インターネット外部の俳句。それを『週刊俳句』という場に溶け込ませてたかったというのがあります。
(つづく)
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