2026-07-05

西原天気【句集を読む】Around Edo River 依光陽子『ふ、は鳥に』を片手に

【句集を読む】
Around Edo River
依光陽子ふ、は鳥に』を片手に

西原天気

江戸川は、東京都の東端。埼玉県や千葉県との境界を流れる。篠崎あたりで本流は千葉県を、旧江戸川が江戸川区、江東区と千葉県浦安市の境を流れる。地下鉄東西線葛西駅で降りて、西へ。浦安橋を渡って妙見島、23区内で唯一の自然島へ。さらに西へ、もう一度橋を渡れば、浦安。つまり千葉県。

江戸川や金魚もかかる仕掛網  依光陽子(以下同)

江戸川区は金魚の三大生産地のひとつ。金魚田から江戸川に迷い込む金魚もいるだろう。

この句集が出るずいぶん前から、この句が大好きですが、なぜこんなに好きなのか、説明はしにくい。《金魚》がキュートで、江戸川という地名には独特の情趣がある。《仕掛網》で意図せず偶然に《金魚》と出会う。それはたしかに劇的なのですが、誰か(例えば網を仕掛けた人)にとっては、ごくごく日常的な出来事で……と、こんなことを考えていると、ますます好きの度合いが増していく。不思議なものです。説明できない句ほど、自分の中で古びない、衰えない。ぴちぴちと輝きながら跳ねる金魚のように、いつまでも魅了しつづけてくれる。

ああ、そうそう。葛西駅からの散歩に話を戻しましょう。橋からは川の流れが見え、私が散歩したときには浚渫船が見えました。

浚渫船見ている昼のビールかな

だから、この句、飲食店ではなくて、缶ビール片手に橋の欄干から。そう想像してしまう。

あのあたり。というのは、妙見島と限定せず、江戸川の存在が色濃く漂うあのあたり。私は詳しいわけでも親しくしている土地でもないのですが、はじめに挙げた金魚の句のせいなのか、そればかりではないのか、『ふ、は鳥を』を読んでいるあいだ、頭から「あのあたり」が離れないのです。

もちろんそこを離れて愉しめる句、愉しむべき句はたくさんあります。《雛あれば雛の間と呼ぶ枕かな》の下五《枕かな》のほれぼれするような手際。《音と見やれば夕立の中に町》の展開のあざやかさ、構成のたしかさ。《あをき空映して黝き冬の水》の《あを》と《黝》。表記への細心の気配り。

集中に美徳は数多い。そのことは、たくさんの読者が感じ、ことばにしていくでしょう。優秀な書き手が的確な評言を重ねてくれることでしょう。だから、私は、好き勝手に、あのあたりを、この句集とともに、気持ちよく散歩することにします。

かの夏に未だとどまる喫茶かな

もっと繁華街、浅草や上野にたくさんありそうな喫茶店ですが、江戸川区、江東区なら、正味とどまっていそうな店が見つかりそうです。

ちょっと野暮に技法的・文芸的なことをいえば、喫茶店でも純喫茶でもなく、《喫茶かな》。ぞんざいになり過ぎず、抑制の効いた語り口です、この《喫茶かな》。作家の品質が出てしまう部分です。

仏壇と電話の黒き簾かな

仕舞(しもた)屋の奥が透けてみえるのか。家屋でこのような景を味わう機会はめっきり少なくなりました。

わりあい歩きました。ひと休みしたい。

氷菓食ふ店の硝子に背をつけて

硝子戸はひんやりするのか、外気の暑さを伝えるのか。いずれにしても、この句の瞬間ほど気持ちのいい瞬間はないと言っていいほどです。すくなくとも私にとっては。


依光陽子『ふ、は鳥に』2026年3月/左右社

1 comments:

ハードエッジ さんのコメント...

>浚渫船見ている昼のビールかな

依光さんは「見ている」ではないような、、、