2026-08-23

小野裕三 ロンドンで刊行した写真×俳句の作品集

ロンドンで刊行した写真×俳句の作品集

マリサ・クラット+小野裕三






背景説明(小野)

マリサ・クラットは英国在住のビジュアル・アート作家。2023年にロンドンのギャラリーで開催された、haikuをテーマとしたアート展に共に参加したのを契機に、僕と彼女は知り合った。それからzoomやeメールを通して会話を続けてきたが、そんな彼女からある日、彼女の撮った写真と僕の作った俳句とのコラボレーションによる作品集をロンドンで刊行しないか、と誘われた。まったく想像もしたこともない未知の、そしてものすごく魅力的な、この誘いに乗った。

「Untitled」と題された彼女の12枚の写真作品に呼応するように、既発表も含めた24句を僕は用意した。最終的に彼女がその中から12句を選び、写真一枚に俳句一句が呼応する形での作品集『12 Untitled / 12 Haiku』が今年の春に完成した。彼女がその作品集についての短い短文を書いてくれたので、それを翻訳紹介しつつ、加えて末尾に僕自身の所感も記す。


本作品集について(クラット)

本書に掲載された作品群「12 Untitled」は、もともとMOCAロンドンが開催したウェブ展覧会プログラム「2020 WE(Web Exhibitions)」のために依頼されたものです。このウェブ展覧会はウェブサイトとインスタグラムの両方での公開となるため、個々の作品としても、さらには3枚組の組み合わせとしても成り立つ作品群を制作したいと考えました。その目的を達成するために、すべての作品は同一の自律的な構成に従っています。画像は、風雨にさらされ劣化した人工物の細部を捉えたもので、画面内には必ず、左部分には白の背景、右部分には黒の背景が配置されています。これらの作品では、私が初期の頃から関心を抱いていたテーマである、衰えゆくものの美学、そして凡庸で見過ごされたものの美しさに立ち返りました。

MOCAロンドンからの依頼を受ける1年前から、私は写真を使って四季それぞれの風景を捉え、俳句のルールをヴィジュアル作品に取り入れるプロジェクトに取り組んでいました。その実践の成果がまさに「Haiku」と題された72点の作品群で、それらは春夏秋冬の四つに分類されています。

そのような経緯もあったので、「Untitled」の制作にあたっては、自然という主題から離れ、風化した建築物の細部に集中できることに私は胸を躍らせていました。当時は気づいていなかったのですが、ある意味ではやはり私は俳句を作っていたのでしょう。というのも、「Untitled」の作品群もまた、三つの部分、いわば三つの詩的要素によって成り立っているからです。つまり、左部分に白、右部分に黒があり、そして中央にある写真的イメージが、左右の二つの要素を結びつける役割を果たしています。

数年後、日本人キュレーターが主催するロンドンのギャラリーで、ビジュアル・アートと俳句の展覧会に参加を誘われました。小野裕三は、展覧会に展示されたビジュアル作品に呼応して俳句を詠む詩人の一人として招かれており、それがきっかけで私たちは知り合いました。その後、私たちは会話を重ねたのです。その展覧会には「Untitled」の作品は展示されていなかったものの、彼は私の他の作品にも目を向ける中で、それらに興味を示しました。そうして、彼が12の写真に応答する12の俳句を詠むという、本書の構想が生まれたのです。

ひとつひとつの写真作品が三つの要素から構成されているという事実が、三つの要素(訳者註: 俳句における五・七・五という三つの部分のこと)からなる俳句を作る詩人にとっては魅力的に映ったのではないかと、今になって思うのです。


本作品集について(小野)

彼女の上記の短文にも書かれているが、彼女はもともと「Haiku」と題した写真作品のシリーズを発表していた。それ以前における、彼女とのhaikuとの出会いは、秋桜子の俳句だったという。

 わがいのち菊にむかひてしづかなる 秋桜子

彼女の展覧会に解説を寄せた批評家(日本人でもなければ俳人でもない)が、この句を引用して彼女の作品を紹介したのだと言う。それ以来、彼女はhaikuという存在に魅了されてきたようだ。とは言っても、自身でhaikuを作るわけでもなく、haikuをあくまでインスピレーションの源として見てきたらしいことが興味深い。

俳句と写真は似ている、とは一般的にもわりとよく指摘されることだ。瞬間を捉える、フレーミングの重要性、など確かに似た面も多い。しかしながら、写真と俳句のコラボレーションによる作品集というのは、逆にほとんど見かけたことがない。にも関わらず、いささか自画自賛で恐縮ながら、このユニークな作品集においては写真と俳句がうまく響き合うようにも感じた。なぜそうなのかを考えるうちに、抽象性と具体性、というテーマに行き着いた。

僕は、彼女のいろいろな作品群の中でも特にこの「Untitled」という写真シリーズが好きになった。それはなぜか。一見すると、このシリーズの写真は、抽象画のような印象を与える。そこにある色彩や形は、現実世界からは切り離されたものと映る。だが仔細に見ると、それらは実際には窓や扉や壁の一部であることがすぐにわかる。つまりごくありふれた日常的なものであり、しかも多くは少し汚れたり剥げたりしている。だからこの写真シリーズを見ていると、抽象性の極度と具体的の極度を絶えず行き来しているような感覚になる。

僕が気に入ったのはこの二つの極を揺れるような感覚だし、そして実はこの感覚は俳句にも似ている。表面的に見れば、俳句は常に何かの具体的なものを指し示している。抽象的な概念やイメージばかりを並べて一句を成立させることは困難だ。そして多くの場合、そこで描かれる具体的なものはきわめて日常的なもので平凡なものでもある。しかし、俳句のパラドックスは、その具体性ゆえにこそ、そこにとんでもなく大きな抽象性を浮かび上がらせることがあることだ。ある日本の小説家が、俳句はその簡潔さゆえに宇宙的だ、との旨の発言をしていたと記憶するが、まさにそういうことだ。

僕自身、そのような俳句の持つスリリングな感覚に魅了されてきたのだけれど、この「Untitled」の写真シリーズも同じ感覚を見る者に与える。彼女も無意識にせよそのような類似性に気づいていたからこそ、今回のコラボレーションを着想したのかも知れないとも思う。





※本書紹介のウェブページはこちら(英国のオンラインショッピングサイト)

https://www.booksaboutart.co.uk/products/marisa-culatto-yuzo-ono-12-untitled-12-haiku



マリサ・クラット(Marisa Culatto)

カナリア諸島で生まれ、英国在住のマルチメディアアーティスト。自然、制約、家庭と日々の儀式、物質性、そして現実は構築物であるという概念、を作品の核にする。また、写真というメディアとのアンビバレントな関係のため、写真そのものを主題としてしばしば探究する。多くの個展やグループ展で国際的に作品を発表し、賞や表彰を受け、世界中の多くの個人コレクションに収蔵される。著書に「 Flora: A Frozen English Garden」(Black Dog Press、2023年)。

ウェブサイト: https://marisaculatto.com/


小野裕三(おのゆうぞう)

大分県生まれ、神奈川県在住。「海原」「豆の木」所属。英国王立芸術大学(Royal College of Art)修士課程修了。句集に『メキシコ料理店』『超新撰21』(共著)。国際俳句協会評議員および英国俳句協会会員。

ウェブサイト: https://yuzo-ono.com/


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